だが、それでも創業者一族が「オーナー」として君臨する企業構造は、そのまま残っている。創業者一族の所有株式は今や、それほど多くないので「オーナー」という言葉は正確ではないのだが、それでも大株主であることは変わらない。系列企業間の株式持ち合い構造もあって、「オーナー」は今でも絶対的な影響力を維持しているのである。
3世への冷たい視線
ただ、「オーナー」の絶対的立場が、今後も盤石かどうかは疑問視する声がある。鄭代表は、ナッツ・リターン事件で前副社長が逮捕・起訴されたことも「かつてなら考えられなかったことだ」と話す。昔なら罰金程度で終わっていたはずだが、財閥3世に対する世論の視線が冷たくなっていることが厳しい処分につながったというのだ。
鄭代表は、「通貨危機以前と以後で、世襲を取り巻く社会環境が大きく変わった」ことを理由に挙げる。通貨危機後の構造改革では、金融実名制が強化された。世襲のために必要な親子間での資産移動は、仮名口座や借名口座を使う不透明な資産贈与が当然のように行われていた時代には見えづらかったけれど、透明性が高まった現在は隠せない。
鄭代表は「ただ『世襲だ』と言うより、『世襲のために何兆ウォンも資産移動をした』と具体的に言われた方が人々の反発は強くなる」と指摘する。
また、2世への世襲が行われた80年代後半から90年代初めと現在の社会状況の違いもありそうだ。
80年代後半から90年代初めというのは、まだ高度成長の余韻が残っていて、「豊かになる」ことを国民が実感できた時代だった。それに比べると、通貨危機以降の韓国では、それまでになかった勢いで格差拡大が進み、持てる者と持たざる者の葛藤が深まっている。そうした状況下で、財閥3世の世襲に向ける視線が厳しくなるのは当然だろう。
世間知らずの3世が直面する試練
韓国紙・ハンギョレ新聞によると、財閥3世が入社してから役員に登用されるまでにかかる期間は平均3.1年。系列会社間の取引で巨額の利益を3世所有の会社に上げさせる脱法的な手法で、資産移動が行われているケースもあるという。
さらに、苦労した創業者の背中を見ながら育った2世に比べ、生まれた時から温室で育てられてきた3世には「世間を知らない」という批判も強い。ナッツ・リターン事件はまさに「財閥3世の世間知らず」を世に知らしめたといえる。
鄭代表は「李健煕会長は、半導体やスマートフォンでサムスン電子を世界的な企業に育てた。他の2世に対しても、功績を認める人が多い。でも、何も実績のない3世は違う。経営に失敗したり、社会的な問題を起こせば、ナッツ・リターン事件のように厳しい批判にさらされるだろう。3世は難しい立場にあるのだが、子供の頃から王子様、お姫さまのように育てられてきた人間に、危機を乗り切るための創造性を発揮しろと言っても簡単ではない。私は、財閥の行く末は暗いと思っている」と話した。
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