2022年8月12日(金)

イノベーションの風を読む

2015年6月11日

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 スマートフォンを買い換えるとき、その写真データを新しいスマートフォンに移すことはけっこう難しい。iPhoneからAndroidに変えたり、内蔵メモリーの容量の少ない機種に変えようとするとき、写真データを移すことを諦めてしまう人も多い。パソコンなどに写真をバックアップすればいいが、それができる人はそれほど多くない。

 この2つのスマートフォンのカメラの弱点を、Googleフォトは解決してしまった。iPhoneであれAndroidのスマートフォンであれ、撮った写真(や動画)はクラウド上のGoogleフォトに自動的にバックアップされる。バックアップされた写真はスマートフォンの内蔵メモリーから消してしまって構わない。機種変更してもGoogleフォトのアプリさえダウンロードしておけば、バックアップされたすべての写真にアクセスしたり共有したりすることができ、新しく撮った写真は同じ場所に追加される。写真の枚数は無制限、保管期間も無期限で、しかもなんと無料なのだ。

 クラウドのGoogleフォトと連携するiPhoneとAndroidのアプリも非常に素晴らしい。パソコンに貯まっている大量の写真も、簡単な操作でGoogleフォトに送ることができ、すべての写真をこのアプリで簡単に管理して楽しむことができる。写真は1600万画素、動画は1080pという解像度の制限があるが、気にせずに送ってしまえば自動的にその解像度にしてくれる。ほとんどのコンパクト・デジタルカメラで撮った写真は1600万画素以内だし、動画の1080pはハイビジョンテレビで十分に楽しめる画質なので、この制限は多くの人にとっては問題にはならないだろう。

ハードの復活はないのか? 
コンパクトデジタルカメラにも終焉がくる

 レンズ交換ができる一眼レフやミラーレスのデジタルカメラも、一時の勢いを失ってしまった。その原因としては、コンパクト・デジタルカメラと同様のことがあてはまるだろう。流行りのような雰囲気もあったので、それが収束したということもいえるかもしれない。しかし、プロフェッショナルやアドバンスド・アマチュアと呼ばれる写真を趣味にする人たちは、これからも使い続けて買い続けるだろうから、一定の市場を保っていくことはできると思う。

 しかし、スマートフォン・カメラの2つの弱点が解決してしまうと、人々がコンパクト・デジタルカメラを使う理由がなくなってしまう。いよいよコンパクト・デジタルカメラにも終焉のときがくるのだろうか。今となっては、そう考えるほうが正しいだろう。

 ある日、例えばSJという、人と違うことを考える人間が、壇上で右手に見慣れないハードウェアを持って「カメラを再発明する」と言う。聴衆は歓声をあげるが、実際には彼が考えていることがよく理解できてはいない。その製品が発売されても、アーリーアダプターの前のイノベーターと呼ばれる人々が面白がってチャレンジするが、市場やアナリストの賛同はなかなか得られない。3世代目の製品が発売されるころ、ようやく技術やインフラや社会環境が追いつき、人々はSJの言ったことの価値を実際に感じることができるようになる。「こういうものが欲しかったんだよ、どうして今までなかったんだろう」と。

 音楽や写真や本や映像、そして(もしかするとゲームや)コミュニケーションは、人々の生活になくてはならないものだ。技術やインフラの進歩によって、その楽しみ方(HOW)は変化していくが、人々の基本的なニーズは変わらない。目の前で実現されているHOWを忘れて、その基本的なニーズに立ち戻って考えるSJのような人がいる。そのとき利用可能な技術やインフラや社会的な制約を無視して新しいHOWを追い求め、空想のような妄想のようなアイデアを突き詰めていく。そんな取り組みの中から、人々が考えもしなかった新しい体験が生まれてきた。 

  
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