2008年春、奈良県立万葉文化館の館長である中西進さんから、次のようなご依頼があった。「万葉集の和歌にメロディーを付けて歌ってくれませんか……」。ちなみに2009年とは、万葉集が大伴家持によって編纂されてから1250年になるのだという。これを記念して現在、“万葉のこころを未来へ”という文化運動が全国展開されているのだが、その中心人物が中西さんだったのだ。
〈さて困った。どうしよう……〉
正直に申し上げると、万葉集など大学卒業以来一度も開いたことがない。しかし久しぶりにひもといてみると、これがなかなか面白いのである。我が国最古の歌集、万葉集には約4500首の和歌が収められている。これを3カ月かけて読了した。
次に「未来へ伝えるべき万葉のこころとは何か?」と自問した末、「それは“愛”に違いない」と自答した。したがって依頼された新曲のテーマも“愛の歌”とし、しかも女流歌人の和歌のみで歌詞を構成することにした。
〈誰の和歌を選ぶべきか……?〉
これが難問である。私はまず4500首の中から、好きな200首を選んだ。それをさらに100首にし、50首にし、20首にし、9首にした。断腸の思いで 4首をけずり、最後に5首とした。4500首から5首を選ぶだけで、3カ月が過ぎていた。その内訳は、額田王(ぬかたのおほきみ)が1首、磐姫皇后(いはのひめのおほきさき)が3首、播磨娘子(はりまのをとめ)が1首、以上5首である。
額田王といえば、天智と天武の両天皇に愛された美貌の才人であり、万葉集の代表歌人でもある。私が選んだのは、次の作品。
君待つとわが恋ひをればわが屋戸(やど)の
すだれ動かし秋の風吹く
(額田王 巻8-1606)
〈どんなメロディーを付けるのか……?〉