男性は、国営テレビのインタビューに帰国を拒否する理由についてこう説明している。
「我々はいまだに米国に占領されており、不愉快な親米プロパガンダがまかり通っているのです」
「誰もがウソをつき、欺瞞だらけの場所に帰るよりは、私は飢えてもこういう人生のほうがいいのです。私は大手の日米企業で働いていたことがあり、多くを内部から見ていました(中略)いま私はロシア国籍を取得したいと思っています。もうロシア政府に申請も書き、警察官にそれを渡しました」
日本が米国の言いなりとなっているがゆえに、欺瞞だらけの国となっている。だから自分は日本を捨ててロシア国籍の取得を望んでいる……。日本人ジャーナリストが語るそんなストーリーにロシアのメディアが飛びつかないわけがない。
クリミア併合やウクライナ東部へのロシア軍の介入をめぐって厳しい経済制裁を受けているロシアでは反米感情が高まっている。米国の最も緊密な同盟国であるはずの日本のジャーナリストが、米国を断罪してくれるのだから、ロシア人にとって胸のすく話なのだろう。
これらの報道には、官製のお手盛りの可能性を考えるべきであろう。メディアの立ち入りが規制される制限区域内で撮影された映像がふんだんにあるが、ここを管理する当局の許可なくしては取材も不可能だ。ロシア政府による反米プロパガンダに利用されたとみるのは深読みしすぎか。
科学技術、和食、アニメに、村上春樹
ロシア人は親日的
もっとも、こうした政治的な側面だけでなく、この男性が他ならぬ日本人だったというところがロシア人の琴線に触れたのかも知れない。ニュースをみたと言ってロシアの知人がこうメールしてきた。
「TVの映像でみるかぎりでは、2カ月もの空港暮らしにもかかわらず、空港内のトイレで洗顔をして清潔さを維持し、いつもYシャツにネクタイ姿。荷物も整理整頓して散らかさない。まさに私たちがイメージするとおりの日本人!」
ロシア人は親日的だ。科学技術や和食、アニメに、村上春樹に代表される日本文学を好きだというロシア人は多い。日本人が空港に籠城しロシア国籍の取得を希望しているとのニュースに興味を持たないロシア人はいないだろう。ただ、所持金がつきたから食事を恵んでくれというような人物が日本の代表とされるのは、どうかとも思う。
モスクワの日本大使館の職員が男性に面談して健康状態を確認した際に、本人に帰国の意思を問いただしたが、聞く耳を持たずお手上げだったという。その後、男性はどういうわけか翻意して帰国したが、公然とロシア国籍を取得したいと言ってのけた人物だけに、日本の情報当局も調査を行った。
詳しくその内容に触れるのは、はばかれるが、男性が自称したジャーナリストという職業については、そもそもジャーナリストとしての活動の実績は見当たらないという。ジャーナリストなんて記事を書いてなくとも、そう名乗ったその日からジャーナリストだと言えてしまえるような職業ではあるが、大々的に報じたロシアのメディアも一杯食わされていたことになる。もっとも、プロパガンダに利用したロシア側にすれば、ジャーナリストかどうかなどさして問題ではなかったのかも知れない。
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