2023年1月31日(火)

オトナの教養 週末の一冊

2015年8月28日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

ピロリ菌は両刃の剣

 本書では、ブレイザー自身の腸チフス感染や娘の食物アレルギーをはじめ、個別の症例を挙げつつ、私たち一人ひとりの体内で静かに進行している多様性の喪失が、実は地球規模の問題であることを説く。

 失われていく細菌の象徴としてとりあげているのが、ヘリコバクター・ピロリである。ピロリ菌は、ヒトに病気を引き起こす。しかし同時に、健康にもする。一見、矛盾するようだが、こうした「両義的状態」あるいは「両義的性格」は、自然界ではよく見られる現象である、とブレイザーはいう。

 すなわち、二つの生命体が状況に応じて共生的にも寄生的にもなる関係を築く「アンフィバイオーシス」で、「職場での人間関係や結婚にもあてはまるかもしれない」。

 <私たちは、病原菌として発見されたピロリ菌が両刃の剣であるということを発見した。年をとれば、ピロリ菌は胃がんや胃潰瘍のリスクを上昇させる。一方で、それは胃食道逆流症を抑制し、結果として食道がんの発症を予防する。ピロリ菌保有率が低下すれば、胃がんの割合は低下するだろう。一方、食道腺がんの割合は上昇する。古典的な意味でのアンフィバイオーシスである。>

 「常在菌が繁栄するにしたがい、ヒトはそれら細菌とともに、代謝、免疫、認識を含む集積回路を発達させ」てきたにもかかわらず、私たちは「常在菌へのこれまでにないほどの激しい攻撃に直面している」と、ブレイザー。その原因は、幼少の成長期における抗生物質の不必要な投与、不必要な帝王切開によって、マイクロバイオームの構成が変化を被るせいではないか、と述べている。

 短期間の抗生物質治療でさえ、長期間の影響を常在菌に与える。本来の姿に回復できるかどうかはわからない。しかも、ある世代の変化は次の世代にも影響を与える。こうした変化により、「疫病をもたらす病原体に対して、打つ手がなくなる」時代が来る、と想像すると、戦慄する。

 内部生態系の破壊が「抗生物質の冬」をもたらす、という著者の恐れが現実にならないよう、本書を読んで内なる生態系に目を向けることから始めたい。

  
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