2024年4月27日(土)

イノベーションの風を読む

2015年8月31日

 

レジェンドの力

 ひとたび成功したものが、環境やライバルの変化に対応して自らを変えていくことは難しく、そして大きな勇気のいることだ。これはスポーツの世界でもビジネスの世界でも、個人でも組織でも同じことがいえるだろう。

 ここ数年、グランドスラムタイトルを獲得した経験を持つ、レジェンドと呼ばれるかつての名プレーヤーが、トッププレーヤーのコーチに就任することが増えた。グランドスラムの男子の最年少優勝記録を持つマイケル・チャンが、2014年から錦織のコーチを務め、ジョコビッチには、ブンブンサーブと呼ばれた強烈なサービスでグランドスラムに6勝したボリスベッカーがついている。

 BIG4と呼ばれながら、なかなかグランドスラムのタイトルを獲れなかったマレーが、2012年の全米で優勝する大きな力となったイワン・レンドルは、グランドスラムに8勝し、ランキング1位が通算で270週という記録を持つ。そのレンドルも、マレーと同じく、グランドスラムの決勝5回目で初めてのタイトルを獲得した。

 彼らが活躍した時代から、テニスは大きく変化している。おそらく、技術面に関しては彼らより、現代のテニスを科学的に分析している現役のコーチやトレーナーのほうが通じているだろう。しかし、レジェンド達は、グランドスラムで優勝し、ナンバーワンの座(マイケル・チャンは最高2位)を獲得し、それを維持する重圧を知り尽くしている。そして、スランプや多くの障害を克服してきた経験を持っているはずだ。彼らはコーチではあるが、トッププレーヤー達の「最高の理解者」なのだ。

 フェデラーも、2014年からステファン・エドバーグをコーチに迎えている。エドバーグは、他の3つの大会で2勝ずつしているが、全仏だけは優勝できなかった。一度だけ進出した決勝では、17歳のマイケル・チャンに敗れた。

 レジェンドのコーチとプレーヤーの関わり方は、それぞれ異なるだろう。しかし、フェデラーが進化するために自らを変えようとする気持ちを、エドバーグが支えたことは間違いないと思う。

ナダルは復活できるのか?

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 ナダルは、そのキャリアの初めから同じスタッフと共にツアーを転戦している。コーチは、ナダルが10歳のころからテニスを専属で教えている叔父のトニー・ナダルだ。試合中のナダルの様子を見ていれば、彼が変化を好まないことがよくわかるだろう。プレーに入る前のルーティーンと呼ばれる動作にこだわり、サーブの前には必ず右手でパンツを直し、鼻に触れ、耳の後ろに髪を掻き入れる。

 休憩中も同様で、ドリンクのボトルを置く位置さえも細かく気にしている。ラケットも同じモデルを使い続けており、モデルチェンジしたラケットに馴染めず、古いモデルを新しいコスメティックにしたラケットを使っていたという噂もあった。

 ライバル達は進化して、よりスピンのかかった強く速いボールを、より広角に打ってくるようになった。ベースラインの後ろに下がっていると、追いつくことは難しくなる。ラケットの進歩にうまく対応したプレーヤーは、ナダルのエッグボールを苦にしなくなってしまった。全盛期のナダルであっても、進化した今のライバル達に勝つのは容易ではないだろう。ナダルも進化する必要がある。

 ナダルの体力的な衰えを問題にするのは間違いだろう。精神面の不安を克服して、闘争心を呼び戻し、自らを変えようとする気持ちさえあれば復活できるはずだ。ラケットも靴もナダルモデルを使っているミーハーなファンとして、それを信じたい。しかし、それには誰かの助けが必要かもしれない。

 テニス観戦までも「イノベーション」を考えるネタにしてしまう性はお許しいただき、このコラムが、今年最後のグランドスラムとなるUSオープンを楽しむためのお役に立てば、一テニスファンとして嬉しい限りだ。

  
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