書店へ行くと、平積みにされた書籍を多々目にする。その中心を成しているのは、悩めるビジネスパーソンに向けた自己啓発書であったりする。自己啓発書は社会の何をうつし出しているのか。この4月に『日常に侵入する自己啓発――生き方・手帳術・片づけ』(勁草書房)を上梓した社会学者の牧野智和氏(大妻女子大学人間関係学部専任講師)に、自己啓発書が提示する価値観やその変化などを中心に話を聞いた。
ーー本書では様々なジャンルの自己啓発書メディアを取り上げています。たとえば、男性向けでは「20代までに〇〇をしよう」などの「年齢」「年代」を扱った書籍群。女性向けとしては、片づけ本について言及されています。最近では、今年4月にTIME誌が発表した「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれた『人生がときめく片づけの魔法』(サンマーク出版)の著者・近藤麻理恵さんが注目されています。本書を読んで、掃除や片づけは自己啓発という観点から考えられるという点に新鮮さを感じました。
牧野:掃除をすると心が綺麗になるという考え方は、日本人の、主に宗教に関連した文化に根っこがあって、決して近年突然生まれたものではないと思うんです。でも、これまでそのことが本のメインテーマとして押し出されるようなことはなく、またハウトゥとして売り出されることもありませんでした。それが1990年代に「商材」として注目され、そこから派生的に女性の生き方の領域に飛び火し、今日の状況につながっていったのではないかと考えられます。
それ以前から、掃除を励行する企業は少なからずあったと思いますが、ブームの火付け役となったイエローハット創業者・鍵山秀三郎さんがトイレ掃除と企業経営に関する本を出した1990年代は、日本ではバブル経済が弾け、これからは拝金主義ではなく「経営は心」だというメッセージがさまざまな経営者や評論家から発された時期でもありました。そういった社会的背景があったからこそ、経営において掃除に注目するという動きが盛り上がったのかなと思います。
ーーそうした自己啓発書の主要読者とはどんな人達なのでしょうか?
牧野:社会学者を中心とした青少年研究会が2012年に行った調査によれば、大きな傾向として、まず「大卒」「正規雇用」の人々がより多く読んでいます。サラリーマン文化として自己啓発書はまずあるということですね。当たり前といえば当たり前ですが、そのことすら今までよく分かっていなかったと思うので、まずそれが確認できました。また、高校時に運動部への活発な参加があった方がより多く購読経験があるという分析結果が出ています。いわば、サラリーマンのなかでも「体育会系」といえるような人がより読んでいるのかなと。