なるほど、彼女の家は典型的なギリシアの小規模家族経営だ。私が知る限り、ギリシア経済の基幹産業である観光業の大半はこのような家族経営で成り立っているようだ。地中海の島ではシーズンオフの冬季は閉めて、夏季のみ営業して一年分を稼ぐと聞いた。秋から翌年初夏までの半年間は余裕のあるオーナー家族はアテネの本宅で暮らすのが一般的のようだ。
ロードス島で最初に投宿したプチホテルのオーナーは不在地主同様に一年中アテネにおり遠縁の番頭が夏季の営業期間ホテルを仕切っていた。ロードス島中央部のアパートメントホテル&レストランは引退した文化観光省の中級公務員氏が退職金で自宅の庭に建てたものだった。奥さんが仕切っており夏季はイタリア人青年をコックとして雇い、掃除洗濯はアフリカ系不法移民のおばさんがやっていた。元公務員氏は緊縮財政により年金が削減されたので66歳の今も博物館の館長としてアルバイトせざるを得ないと憤慨していた。
少し脱線してこの元公務員氏の話を続ける。彼にとり黄金時代は往年のギリシアの国民歌手ナナ・ムスクーリが文化観光省の大臣をしていたときだそうだ。ナナ・ムスクーリといえば映画“日曜はダメよ”の主題歌を思い出す。当時は左翼政権で公務員の給与・年金などの待遇は最高であったと自宅の応接間の壁に飾ってある、ロング・ドレス姿の彼女とタキシード姿の公務員氏のツーショット写真を自慢げに指差した。
話を戻す。ロードス島で一泊だけした小汚いゲストハウスは一泊10ユーロ現金前払いで、奥さんに逃げられたアル中の爺さんがアルバニア青年を雑役夫として使いながら一人でやりくりしていた。アルバニア青年は高校卒業後10年間ギリシアで働いているという。クレタ島のユースホステルは親子三代による家族経営で40歳位の娘が出納を握っており、子供を買い物に行かせるときは金庫から現金を出して持たせていた。
ギリシアでは所得税の徴収漏れが大きいといわれているが、こうした個人経営の実態を見ていると現金収入の一部しか国家当局は捕捉できないのは当然と思われる。
ギリシアでは若年労働者の失業率が50%以上というがこの数字も実態とは乖離しているのではないか。ビキニ美女の弟やアルバニアの出稼ぎ青年のように給与者リスト(payroll)に載らない被雇用者が多数存在している。
ギリシア国家当局が発表する統計数字には表れないこのような“したたかな地下経済”がある限りギリシア国民の大半はEUの債務返済圧力を深刻に受けとめないのではないか。たとえ国家が対外債務をデフォールトしても自分たちの暮らしはさほど変わらないと。太陽があるかぎり観光による現金収入は途絶えないのだから。
⇒第10回へ続く
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