加えて、脅しを受けたりといった個人的な体験や、世界的な人脈から得た情報も含む豊富なエピソード、データに基づく論理的な分析が、解説に重みをもたせている。
<石油には、議論を引き起こさずにはおかない、そして陰謀めいたところがある。ロシアには、謎にみちた、そして人を魅了してやまない何かがある。この二つが「ロシア石油の研究」という形でひとつになると表れてくるのは、苛立たせる一方で没頭させずにはおかないミステリ小説に近い代物である。>
著者はそう語り、「発見と陰謀と腐敗と富、まちがった判断と貪欲と利権供与と身内びいきと権力の物語」をつむいでいく。
新聞で読んで、あるいはテレビで見て、記憶の隅にあった過去の事件や断片的な情報がどこかでつながり、やがて一枚のタペストリーのように織り上げられていくのは、実にスリリングだ。
とりわけ、ソ連崩壊後の混乱で「オリガルヒ」(新興財閥)による富の独占を生んだロシアが、「ガス皇帝」プーチンの戦略のもと、資源ビジネスを再国有化していく過程は、映画を見ているかのよう。
国益優先企業「ガスプロム」
資源開発を進めるために外資を受け入れつつ、開発に成功するやいなや、政府が介入して強引に事業を”召し上げる”やり口には、今更ながら驚くばかりだ。日本の関わったサハリンプロジェクトも、例外ではない。
膨大な天然ガス資源とパイプライン網を独占するガスプロムという「国益優先企業」の力を背景に、エネルギー供給停止という脅しをちらつかせるロシア。「冷戦時代よりも強力な立場にある」ロシアに、ヨーロッパは有力な抑止力を持ちえるのか。世界を巻きこむパイプライン戦争の話は生々しい。
そもそも、世界最大の石油産出国になるほど資源に恵まれながら、ソ連はなぜ1991年に崩壊したのか? CIA(米中央情報局)はソ連崩壊に際し、何らかの役割を演じたのか? 当時はエネルギー超大国でなかったロシアが、どうして現在そうなりえたのか? そのどこまでが資源によるもので、どこまでが周到に練りあげた政策によるものなのか? ロシアが新たに見出した富と権力の受益者はどんな人々なのか? チェスにたとえると、プーチンは終盤でどんな詰め手を指そうと考えているのか?
これらが、本書で扱われる問いの一部、いわば、ジグソーパズルの断片である。
<もっとも大事な点は、ながきにわたり軍事超大国たらんとして失敗したロシアが、かりに意図しない結果だったにしろ、別の種類の超大国、経済とエネルギーを力のよりどころにする超大国として登場したことである。ロシアはいまそうした影響力をどんな風に使っているのだろう? そのことが世界にとって今後どのような意味合いをもつようになるのだろう?>
本書のオリジナルは、オックスフォード・ユニバーシティ・プレスから2008年に刊行された。2010年刊行の日本語版には、ロシア経済がその後の世界不況から受けた打撃やプーチン=メドヴェージェフ双頭体制などを論じた「石油国家かプーチン国家か――日本の読者のために」が加筆されている。
昨今の逆オイルショックの衝撃まではたどれていないものの、「歴史は繰り返す」だけに、本書は、石油国家ロシアとそれを取り巻く世界の未来を見通す一助となるに違いない。「抑制なしのエネルギー大国」にどう向き合うべきか、日本人にとっても大いに示唆に富む一冊である。
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