この箇所でプーチン大統領が述べているのは、最近のロシアが唱えてきた反「アラブの春」言説の典型例である。権威主義的な政府(その多くはロシアと友好的な関係にあり、近年のロシア自身もそのように見なされつつある)は無政府状態の混沌よりははるかにマシなのであり、西側は民主主義的なスローガンの元に結局は秩序を破壊してまわっているに過ぎない、とロシアは繰り返し主張してきた。
「アラブの春」批判する理由
実際問題として、一時期は東欧革命の中東版であるかのように言われた「アラブの春」は、すぐに中東全域を含む巨大な不安定状況へと転化し、ついに「イスラム国(IS)」の台頭をも招いた。この意味では、プーチン大統領の指摘には一定の理があろう。
「アラブの春」批判の締めくくりに、プーチン大統領は次のように述べて西側を強く批判している。
(翻訳)
そこで、このような状況を作り出した人々に私は問いたい。あなた方がやったことを少なくとも理解くらいはしているのだろうか、と。しかし、私が恐れるのは、傲慢と、例外主義と、罪悪感のなさゆえに彼らがその政策を撤回せず、答えがないままこの問いが虚しく空中に消えることです。
(翻訳ここまで)
もちろん、その根底には、中東における友好国を失ったこと(またはその危険があること)や、権威主義体制打倒の波が旧ソ連の友好国にまで波及してくることを恐れるロシア政府の現実的な打算がある。特にカザフスタンやウズベキスタンでは独立以来の大統領による終身独裁体制が続いており、これら諸国が次の「民主化」のターゲットになりかねないとの懸念をロシアは持ち続けてきた。また、より程度は低いものの、ロシア政府は自国における内政不安も抱えており、近年、政治的な締め付けがとみに強化されつつある。
つまり、体制転換の波をシリアで食い止めることが、ロシアの対内的・対外的安定と連動して捉えられているのである。
また、プーチン大統領はルールを無視した力の行使を強く非難するものの、これもロシアの弱さの裏返しと言える。ロシアの軍事力は近年、急速な回復を遂げているとはいえ(筆者自身もロシアの軍事を専門とする身としてその速度には驚くばかりだが)、通常戦力面では依然、米国をはじめとする西側と比肩できるレベルではない。政治力、経済力の面では劣勢はさらに大きい。
こうした劣勢を補うものが、軍事面ではウクライナで見られたような非正規戦争(いわゆる「ハイブリッド戦」)戦略であり、政治面では国連を中心とした戦後秩序と見なされている、と整理できよう。もっとも、軍事力によってウクライナの領土を強制的に併合したロシアの振る舞いはそれ自身が国際秩序に対する挑戦であり、当のロシアが国家主権や国際法の重要性を説いてみても、ご都合主義の感は拭えまい。
以上、国連総会におけるプーチン演説の前半を通じて、現在の国際情勢一般に対するロシアの基本的立場を確認してみた。これを踏まえて、次回はシリアなど個別の問題に対するプーチン大統領の発言を見て行くことにしたい。
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。