2022年10月7日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2015年10月13日

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西本紫乃 (にしもと・しの)

北海道大学大学院公共政策学連携研究部付属公共政策学研究センター研究員

1972年広島県生まれ、広島大学大学院博士後期課程単位満了退学、元外務省専門調査員(在中国日本国大使館)。著書『モノ言う中国人』(集英社新書、2011年)。

国慶節に公開された問題提起
「新国家かそれとも新政権か?」

 23日朝、共青団の広報・プロパガンダ部門の責任者、景臨が「任志強氏との討論」と題するコラムを発表し、共青団の団員が任志強の主張に対して冷静に対応するように呼びかけた。

 世論の盛り上がりと共青団側の動きを受け、同日夜、任志強は第2のコラム「全世界の無産階級は連帯したか?」を公開し、さらに舌鋒鋭く共青団を批判した。その文章では共産主義とは国際主義でもあり、中国だけで成し遂げられるものではないので、世界と価値観を共有することが重要だと述べ、

 「共青団の文章には共産主義の目標について甚だしい誤りがある。共産主義を“一つの民族、一つの国家、一つの政党”が胸に秘めた大きな目標だといっているが、これは歴史を否定するような無知だ」と切って捨てている。

 その上で「マルクス主義と中国の伝統と結びつけて“中国の特色ある社会主義”打ち立てるのは結構だが、その中身の多くは“中国の夢”であって共産主義ではない!」と、共青団の語る共産主義の実現という大きな目標と、習近平主席の国民向けスローガンである“中国の夢”との理念を同一におくことの誤謬を厳しく指摘している。

 国民の国家への求心力を高めるために現政権が「大きな物語」として掲げている“中国の夢”を批判する任志強の第2コラムは、さすがに今の中国の言論環境においてはレッドラインを踏み越えるものだ。24日、党内の指導者から任志強本人に直接、公開した文章を削除するように指示があったが、任志強は削除せよとの連絡を受けた事実も「微博」で晒したのだった。

 その日の夜、共青団側も「立ち上がれ理想主義-任志強たちへの一通の公開書簡」と題する文章を公開して任志強の文章の詳細な部分を取り上げそれらの過ちを指摘した。

 共青団側と任志強の泥仕合になってきたこのあたりで、そろそろ論争も終わるかと思われていたが、中華人民共和国の建国記念日にあたる国慶節の10月1日、任志強は「新国家かそれとも新政権か?」と題する第3のコラムを発表した。この文章で任志強は国家と政権を同一視することの矛盾を突き、1949年1月1日に毛沢東が天安門で宣言したのは新政府の成立であって国家の成立ではない。したがって国慶節は政府が誕生した誕生日であって、国の誕生日ではないということをすべての中国人は認識すべきだ、と訴えている。

 国慶節のその日にタイムリーに公開されたこともあり、「新国家かそれとも新政権か?」はわずか数時間のあいだに10万人以上が閲覧したが、この文章も翌日までにはネット上から削除されてしまった。

 一連の文章の中で、任志強自身は共産主義の実現という理想自体を否定しているわけではない。任志強の主要な論点は、欧米の価値観の流入を警戒するのではなく、普遍的な価値観も受け入れつつ理想としての共産主義を実現すべきであり、習近平が掲げる“中国の夢”は共産党が本来目指すべき共産主義の実現という理想とは相いれないものだ、というところにある。

 2012年の習近平政権スタート時に、中国にとって外交、内政とも大きく分けて「開く」方と「閉じる」方の2つの道の選択ができたと思う。外交については、経済大国となった中国に対して各国からの中国脅威論を刺激しないよう国際社会と協調する「開く」方の道もあったが、習近平政権はこの道は選ばなかった。内政については社会が発展し利害が多様化する状況下で、共産党の権力の幅を小さくし相対的に自由と民主の幅を広くしていくという「開く」方の道があったがそちらの道は選ばなかった。

 政権発足から今日までの3年間、習近平政権は対外的には大国としてのプレゼンスを高め発言権を獲得すること、国内的には強権的な腐敗の一掃と思想や言論の統制の強化を図り、「開く」戦略より「閉じる」戦略を選択してきた。その結果、今日生じているのは、伝統中国と共産党が統治する中華人民共和国を重ねあわせるという「自高自大」であり、エスニック・アイデンティティ(民族主義)にナショナル・アイデンティティ(愛国主義)をかぶせることで国民の民族への愛着を利用した愛国心の発揚である。

 任志強が投げかけた「信仰」に対する疑問は、習近平政権が「閉じる」方の道を進んできた結果、中国共産党が本来目指していたはずの目標と、政権の方向性のズレを鋭く抉り出している。

 今回の「信仰の危機」に対して、共産党はネット上から情報を削除してその声をかき消すことで強制終了させたが、「閉じる」ことで生じている「信仰」へのゆらぎは、閉じれば閉じるほどますます大きくなるのではないだろうか。

  
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