2024年12月5日(木)

山陽新幹線各駅停車の旅

2015年11月21日

エッセイ:酒都半日滞在

 各駅で停車する新幹線「こだま」の車中では、流れる車窓の風景にじっと目を凝らす。「のぞみ」や「ひかり」が通過する駅にもひと駅ごと停まるから、隣同士の駅でも景色や風土が随分違っていると気がつける。なにげない気候や野山や建築物でも、その土地・その駅ごと通った色や形や個性があって、何度通っても飽きることなく眺めていられる。

 中国地方最大のターミナル駅・広島駅と、東広島駅は新幹線の隣駅。時間にすると10分弱で行き来できる。広島駅からひと駅東へ向かう「こだま」に乗り込み、デッキに立ったまま車窓に張り付く。最初は、ビルに掲げられた看板の文字をひたすらなぞった。そのうちあっけなく都市の景色はまばらにかわり、数分後にはぐんと草木の緑が増して、あちらこちらに赤瓦の民家が現れる。どの家も、あたりの田畑を抱くようにどっしりゆったり構えているが、とろんとなめらかな光沢の屋根に、子どもの頃に好きだった、ケーキの上にちょこんとのったチョコレートの家が思い出された。

 東広島駅が所在する東広島市の、冬の平均気温は5℃前後。広島というと冬でも温暖な瀬戸内海式気候の印象があるが、東広島市は内陸部に位置する盆地で、隣接する広島市や呉市と違って積雪も多い。一方、夏には強い陽射しが照りつけるので、年間通して寒暖差が大きく、通常の黒瓦では割れてしまう。そこで誕生したのが寒さに強く、地元で産出される質のよい粘土を原料に用いた赤瓦。釉薬に来待石を使用し高温で焼成することで、ガラスの膜をまとったような艶が出るそうだ。

 東広島市の中心地で、江戸時代には四日市と呼ばれた西国街道の旧宿場町・西条にも、赤瓦の美しい町並みが続く。さらには赤レンガの煙突が林立し、白壁・なまこ壁の蔵が軒を連ねる。道々歩きながら、江戸か明治か大正か、ときをかけてぐんと時代をさかのぼったような錯覚に。そこは江戸時代から銘醸地と讃えられた町。寒い気候・水・米、酒造りに適した3要素が揃う、造り手・左党の理想郷だ。

 朝いちばん。「西条酒蔵通り観光案内所」で、事前に申し込んでおいた観光ボランティアガイドさんと待ち合わせ。新幹線の単独駅である東広島駅から、バスでここまでやってきたと伝えたところ、「あらまあ!」と驚き顔。普通、西条酒蔵通りへ赴くには、広島駅からJR山陽本線で約35分かけて西条駅へと降り立つのが便利なのだと教えてもらう。「そうでしたか!けれども私、山陽新幹線各駅停車の旅をしており、旅の起点は必ず新幹線駅なのです……」などと話すうち、母親世代でまろやかな佇まいの女性ガイドさんとたちまち打ち解け、それからの90分を和やかに過ごした。

 旅先では、自ら迷って探してこそ出会えるものもあるけれど、観光ガイドがいるところでは、専門的な案内に委ねるにかぎる。西条の町や酒造会社の成り立ち、蔵や井戸や酒の味、みやげものや看板商品、あらゆることを教えてもらった。路地の先の蔵への道のりも、よどみなくするする進む。各所で酒や水を少しずつ味見して、たちまち時間は過ぎていった。

 ある蔵から静岡の父へと、純米酒を1本送った。私が二十歳になったとき、祝いの言葉のように父から「酒は日本酒。迷ったときは純米酒」と指南されたことを思い出しながら。左党の父の毎日の生きがいは、日本酒2合ほどの晩酌。いつかこの酒の都をともに旅することができたら、今度は私がするすると案内できるだろうか。

 西条への滞在は半日ほど。帰路はガイドさんにすすめられたように、西条駅から山陽本線で広島駅へ。広島駅駅ビルで、少々早めの晩ごはん。広島流お好み焼きに、西条の酒を添えて。


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