シリア問題がロシアにもたらすものとは
そして、シリアやISIS(イスラーム国)の問題であるが、ロシアにチャンスと同時に深刻な脅威をもたらすと考えられる。
まず、チャンスは、ロシアが切望してきた「対 ISIS大連合」が生まれることである。特に、フランスで同時多発テロが起き、フランスとロシアの対テロ協力体制が生まれてから、その可能性は高まってきた。そして、実際に対ISIS大連合が成立し、またロシアがシリア問題の解決に貢献できれば、ロシアの世界における立場は強くなり、さらに、ウクライナ問題でも良い影響を導けるかもしれない。
だが、米国がロシアの動きに依然として反発していること、後述の通り、トルコとの関係が悪化していることは、このチャンスの可能性を低下させていると言えるだろう。
加えて、ISISの問題はロシアに大きな脅威をもたらしかねない。実際に2015年は甚大なテロがロシアに大きな被害をもたらしてきたが、この傾向は今後も続く可能性が高い。ロシアが再度テロの被害を受ければロシア国民に不安を巻き起こし、社会の安定に悪影響を及ぼしうるばかりか、プーチンの支持率にも影響しかねない。このようなテロはロシア当局としてはなんとしても防がねばならない。
そして、ロシアがアサド政権を支持し続ければ、いくらロシアがISIS壊滅に貢献しても、世界からの批判をかわすことが難しい。他方、アサド政権支持をやめれば、現在、協力関係にあるイランやイラクとの関係が悪化しかねないだけでなく、シリアの軍基地を失う可能性が高まる。さらに国民に「憎むべき欧米に屈した」という印象を与えかねず、やはり国民からの支持率低下を引き起こしかねないことから、外交的にも内向的にも大きな悪影響を引き起こす可能性が高いのである。
トルコ関係悪化でロシアが被る悪影響
また、トルコによるロシア機撃墜で悪化したトルコとの関係もロシアには大きなネガティブな影響をもたらしそうである。
第一に、ロシアが新しい欧州向けガスパイプラインとして計画していた「サウスストリーム」パイプラインの代わりとして計画を発表していた、トルコ経由の「トルコストリーム」の実現性が極めて低くなっている。そうなるとロシアは欧州への確実なガス輸送路を確保できなくなる。
また、ロシアにとってトルコは重要な食料輸入元であった。特にウクライナ危機後に行われている欧米からの制裁とロシアの報復措置で、欧米との貿易がほとんど不可能になっていた中、ロシアにとってトルコの存在は以前にも増して大きくなっていた。トルコとの貿易を取りやめることで、ロシアはさらに食料輸入が困難になり、インフレも強まる可能性が高い。そして、トルコが NATO加盟国であることから、トルコとの関係悪化はロシアが諸外国との対ISIS大連合を結実させることも極めて難しくしたと言って良い。
またトルコとの関係悪化はロシアの国内問題や「近い外国(旧ソ連諸国)」にも悪影響を与えそうだ。
そもそも、トルコ軍がロシア軍機を撃墜した背景には、ロシアがシリア・トルコ国境付近のテュルク系少数民族のトルクメン人居住地域を空爆していたことがあるとされる。同地域のトルクメン人は反アサド派であり、トルコとは利害を共有している一方、アサドを支持するロシアにとっては都合の悪い存在であったわけである。だが、ロシア国内には去年併合したクリミアに居住するクリミア・タタールやタタール人をはじめとした多くのテュルク系民族がいる。また、ロシアに「近い外国」である、アゼルバイジャン、カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、キルギスの主幹民族もテュルク系である。
テュルク系民族とは、シベリアからアナトリア半島にいたる広大な地域に広がって居住する、トルコ語に代表されるテュルク諸語を母語とする諸民族を指すが、彼らは言語、歴史、文化などの共通性を根拠に、政治や経済での連帯意識を持つ傾向があり、そのような動きは「汎テュルク主義」(その期限は19世紀後半のロシア帝国)などと呼ばれ、時代の流れの中で、幾つかの顕著な運動も起きてきた。
ソ連解体後もこのような傾向が強まり、一時テュルク系諸国首脳会議などが頻繁に開催されたこともあった。現在、大きな「汎テュルク主義」の動きはないが、ロシアがトルクメン人、すなわちテュルク系民族を攻撃している事実が、再び汎テュルク主義を刺激するのではないかという危機感を表明しているテュルク系の専門家も少なくない。そうなれば、クリミアを含むロシア国内や近隣諸国から、またロシアにとって都合の悪い動きが出てくる可能性もあるのである。