Wedge REPORT

2015年12月28日

»著者プロフィール
著者
閉じる

澤 昭裕 (さわ・あきひろ)

国際環境経済研究所所長

1957年、大阪府生まれ。1981年一橋大学経済学部卒業後、通商産業省(現在の経済産業省)入省。東京大学先端科学技術研究センター教授等を経て現職。21世紀政策研究所研究主幹も務める。

 その際、さまざまな復興施設の整備や帰還困難区域内で行う国の実験的事業などに必要な土地を、住民から長期(例えば50年)で国が借り上げる制度を整備することも必要となる(そもそも、避難指示関連区域に所有していた財物の賠償を受けた被害者の当該財物は、賠償後は東京電力に法的には所有権が移転するはずだが、実際にはそうなっていない)。

 「土地を手放す」ということに対する心理的なバリアが働いて、復興の障害になっているとするならば、国による借り上げが現実的な手法となるのではないだろうか。

財源と費用分担問題

 本稿で提案してきた種々の政策措置については、費用総額と分担のあり方が問題となる。米国の原子力損害賠償法制では、民間会社は有限責任だが、それを超えて必要になる分については、大統領が総額の見込みを議会に提出し、それが審議されることになっている。

 原子力発電所の事故による損害と復興に関する費用は、途中の費用分担責任は原子力事業者だったり政府だったりするが、最終的には電気料金か税金、すなわち国民全体で賄われることになる。福島第一原発事故に関しても同様だ。となれば、国民の代表たる国会と政府との協議によって、米国のように全体の費用総額にキャップをはめる必要があるのではないか。さらに、いったん国民から借りている形になっている予算(交付国債など)については、償還期限を設定してそこから動かさないということが重要である。

 選挙が近づいたりすれば、いったん計画された事故・復興対策関連予算額が上積みされるということが続けば、国民負担にキリがなくなる。いつまでも「原発事故は特別だ」では、東日本大震災で被害を受けた他県の復興予算とのバランスも大きく崩れてしまい、復興スピードや資源配分についての不均衡がもたらす感情的な問題に発展してしまいかねない。

 原発事故の影響除去責任分担について再度振り返ってみれば、事故の収束や廃炉・損害賠償は東京電力、コミュニティ復興(それに必要な除染を含む)については(その対応を原子力事故関連法制で準備をしていなかった)政府ということになろう。しかし、財源はできる限り東京電力の収益アップやそれを前提とした政府株の売却益から支弁すべきだとの声は強い。

福島第二原子力発電所 KEI/Wikipedia

 だとすれば、最後の課題は福島第二原子力発電所の取扱いだ。もちろん福島県や住民からの廃炉論が強いことは認識している。しかしながら、限りある復興財源では資金が不足する場合、福島第二原発の稼働による利益からの捻出を考えることも一案となる。

 スリーマイル原子力発電所の2号機の事故のあと、その所有会社は6年半後に1号機の稼働にこぎつけ、事故対応費用を支弁するに至っている。もちろんその過程ではさまざまな厳しい反対があったのは事実だが、結果的に重大事故を起こした会社だからこそ、最も安全文化についての改革が進み、最終的には規制機関から全米トップクラスの安全・高稼働の原発として認定されることとなった。

関連記事

新着記事

»もっと見る