① 峯村健司『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』(小学館、1512円)
私たちが見ている事象の裏側にどのような事実が隠れているか、それを著者はどのように読み解くか。私が本を読む時の大きな関心のありどころはそこである。
その点から言えば、本書はこの時代に登場したもっとも刺激的な書籍の一つだ。
新聞社の中国特派員だった著者は、語学力と人脈を使って地道な情報収集を重ねつつ、イザという場面では突貫取材を敢行した。その成果が、ハーバード大留学中の習近平総書記の娘の「発見」であり、胡錦濤前政権のスキャンダル(腹心・令計画の息子の事故死)であり、薄熙来による知られざるクーデター(未遂事件)の全体像、などであった。
世界第二の大国・中国で何が起こっているのか、習近平がどのようにして鄧小平を超える権力を手に入れたのか、まさに「人類最大の権力闘争」の実態が描かれている。
② ロレッタ・ナポリオーニ著、村井章子訳『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』(文藝春秋、1350円)
第三次世界大戦の影が地球を覆い始めている。主役は言うまでもなくイスラム教の過激派組織IS(イスラム国)だ。
今回のパリ無差別テロで危機感はいっそう増したが、西側各国の論調の多くは、今なお「テロ防止」のため国内に潜む戦闘員や候補者(同調者)の捜査・拘束に偏りすぎているように思える。当面の対策としては必要だが、イスラム系移民の若者がなぜISに惹かれるのかが、もっと問われるべきだ。
本書は、「理想のイスラム国家建設」を掲げ「建国」したISの論理を分析する。第一次大戦中に西欧が引いた国境線を無効とし、アフリカからインドまでの旧イスラム帝国の国土を回復し、全イスラム教徒の「尊厳、力、権利、指導的地位」を取り戻すというメッセージがいかに蠱惑的(=悪魔的)か……。
③ 小松貴『裏山の奇人 野にたゆたう博物学』(東海大学出版部、2160円)
1982年生まれの年若い生物学者の初エッセイ、しかも扱っているのはほとんどが専門の好蟻性(アリを利用する)生物である。
間口は非常に狭い。けれどその奥行きは限りなく深く、驚くほど自由奔放なのだ。
著者は子供の頃から、スズメバチを餌付け(!)したりコウモリをタモ網で捕ったり(!)していた由緒正しい「奇人」。その奇人が出会うべくして好蟻性生物に出会った。
アリは人家から砂漠・密林まで生息し約一万種もいて、集団で幼虫や蛹を育てるので他の生物には絶好の餌。アリを利用するため進化した生物は細菌類から脊椎動物まで膨大にいる。いや、我々が気づかないだけで、実は我々の足許にアリと好蟻性生物の織りなす複雑怪奇な未知の生物圏が広がっているのだ。
この領域ですでに十種類以上の新生物を発見した著者の、世界規模の快進撃が続く。
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