まずは日本。原油消費量が多くそのほとんどを輸入に頼る日本では、原油価格の下落はインフレ率を抑える効果があり、原材料費を抑えて企業業績にプラスになり、家計のエネルギー関連出費を抑えることで消費にプラスになると考えられる。まさに日本は原油を買う国の代表例だ。
欧州は、域内に原油のとれる国もあるため、一括りにするべきではないかもしれないが、全体としては日本と同様に原油消費量が多く、原油輸入依存度が高いため、欧州全体で見れば日本と同様の効果があると言えるだろう。
シェールオイルブームの中心地の米国は、日本や欧州とは少し事情が異なる。シェールオイル事業者にとって原油価格下落はもちろんマイナスだ。また、米国にはシェールオイル事業者だけではなく、従来型のエネルギー企業も多くあり、そうした企業にとってもマイナスだ。これらの企業の株価は2015年に大きく値を下げた。また、日本でもブームとなったMLP*やエネルギー関連企業が多いハイイールド債の価格も大幅に下落している。
*マスター・リミテッド・パートナーシップ、株式投資と同じようなエクイティ投資の性格を持つ金融商品。原油や天然ガスの貯蔵施設やパイプラインなどの事業を展開する企業が発行するものが多い。
一方で、世界最大の自動車社会の米国での原油価格の下落は、家計の消費に大きなプラスとなる。原油価格の下落によって米国内のガソリン価格は牛乳以下になった。もちろん、ガソリンだけでなく他のエネルギー関連の出費も抑える効果がある。エネルギーセクターにはマイナスであっても、巨大な消費市場に大きなプラスとなるため米国全体で見ればプラスとなるだろう。ちなみに鉱業が米国のGDP全体に占める割合は2.6%、雇用全体に占める割合は0.6%だ。
対照的なのは産油国で、原油価格の下落はもちろんマイナスとなる。ただし、前述のように原油生産の採算ラインは低いので、掘っても赤字、というわけではない。利益が今までよりも減る、というだけのことだ。よく「原油価格の下落でサウジアラビアがついに赤字に転落」という話が出て誤解を招いているが、これは原油生産自体が赤字になっているわけではなく、政府の財政収支が赤字に転落したということだ。また、サウジアラビアの財政収支が赤字に転落しないために必要な原油価格が何ドルかという話も出るが、これもその価格を原油価格が割り込むとサウジアラビア政府の財政収支が赤字に転落するというだけの話で、危機的な問題ではない。日本をはじめとする多くの先進国で大幅な財政赤字状態がずっと続いているのに比べれば随分マシだ。
あくまでも、サウジアラビア政府が贅沢にお金を使っている巨大な財政支出を、原油を売って得る利益で賄うために必要な原油価格がいくら、という話に過ぎない。贅沢な財政支出を減らすことも可能だし、赤字国債を発行することも可能だし、税金をとることだってできる。そもそもサウジアラビアをはじめ、カタールやクウェートなどの中東産油国では所得税や消費税が徴収されていない。それでもこれまでは財政赤字ではなかったのだ。もちろん、財政収支の悪化は良いことではなく、サウジアラビアなどの産油国が潤沢な資金を使ってこれまで行ってきた世界中の様々な資産への投資が引き揚げられたりする、というような影響は出るだろう。
世界全体で考えるとどうか
一方、ベネズエラやアフリカ中部などの新興産油国にとってはインパクトが大きい。これらの新興産油国はサウジアラビアなどと比べて原油の生産コストが高く、既に今の原油価格で採算割れとなってしまっている国も出てきている。
他方で、アジアの原油輸入国など原油を消費する新興国では、先進国のような原油価格下落によるプラス効果が期待できる。これらの新興国ではガソリンなどに対する政府の補助金があるような国も多く、そうした国では補助金負担の減少で政府財政が良くなる効果もある。
では世界全体で考えるとどうかと言えば、全体としてはやはりプラスだろう。IMFなどのレポートでも世界経済全体としては原油価格の下落はプラス、としているものが多い。世界経済全体として起こることとしては、原油生産国から原油消費国への富の移転と、前者に比べて消費性向の高い後者への富の移転により、全体消費が増えることで波及的にプラス効果が出ると考えられる。
以上は主に国単位での話となるが、例えば原油生産収入を資金源としている組織にマイナスのインパクトを与えたり、あるいは中東で高まる宗教・宗派間の対立に影響を与えることも付記しておく。
原油価格の下落が招くものは、一言で括るのが非常に難しい。長文となってしまったことをご容赦願いたい。
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