私としては“体制社会に生きる若き知識人の苦悩”というジャンルではむしろパステルナーク原作の映画≪ドクトル・ジバゴ≫が“一押し”なので、その旨をジュリエットに伝えるとジュリエットは「えっ! 私が今言おうと思っていたことをどうして先に分かったの?」と嬉し泣きみたいな顔をした。やっぱりジュリエットはこの世に一人だけいるという私の分身なのであろうか。
ホイアン中央郵便局
朝食を食べた後、延々とおしゃべりして気が付くと10時半である。ジュリエットが郵便局からハガキを投函したいと言っていたことを思い出した。ホステルに戻り自転車を借りて中央郵便局に行く。彼女は絵葉書を20枚くらい準備していて宛名を確認したりメッセージを書き加えたりしている。うつむいて真剣にハングル文字を書いているジュリエットの横顔は近寄りがたいような美しさである。
私があまりの美しさに見とれていると、私の視線に気づいたジュリエットはダメと両手でバッテンをする。怒った顔がまた可愛い。ここまでくるとやはり畏友KM氏が喝破したように“病膏肓に入る”であろう。分別のある第三者から見れば、谷崎潤一郎の≪痴人の愛≫またはゲーテの老いらくの恋の世界か。
隣の机ではドイツ人の逞しいお姉さんたちが絵葉書を投函するべく切手をペロペロ舐めながら絵葉書に貼っていた。
サイクリングと永遠に広がるビーチ
絵葉書を投函してからジュリエットの希望により海岸に行く。地図も見ず彼女を先導して快調にママチャリを飛ばす。振り向くとジュリエットが遅れている。緩い坂道で難儀している。上り坂で“立ち漕ぎ”が出来ないようだ。彼女はスポーツ万能で特に水泳は大得意と自慢していたが、自転車はダメのようだ。私がからかうと「自転車は子供のころ以来で、何年も乗っていないのでまごついただけ」と言い訳をした。それからは彼女に合わせてゆっくりと走った。
ビーチに出ると沖風が吹いて波が高い。砂丘の上のカフェ・テラスからは見渡す限り広がる砂浜に白い波が波状攻撃のように押し寄せる壮観な眺望。蒼天と白雲と碧海と白波と椰子並木。一幅の名画のようだ。アイスクリームを食べながらジュリエットと一緒に並んで海を見ていると悠久の時間の流れのなかに自分が時間と一緒にゆったりと流れていく。この一瞬が永遠なのだろう。