イタリアン・レストランのスイーツ
ランチは簡単に済ませたのでディナーは少し贅沢をしようと予約しておいたイタリアン・レストランに赴く。川沿いの夕陽がよく見える2階にテラス席のあるレストランは数軒しかない。そのなかで洒落た落ち着いた雰囲気で値段がリーズナブルな店は一軒だけであったので事前に予約しておいた。
レストランに到着すると案の定満席。1階のウェイティング・バーでは欧米人が所狭しとテーブルが空くのを待っている。2階テラスの夕陽が見える特等席のテーブルだけが空いていた。私が下見して予約しておいたテーブルであった。周囲はすべて欧米のカップルであり落ち着いた空間に華やいだ雰囲気が溢れていた。ジュリエットが料理は私に任せるというので海鮮サラダ、ソーセージとチーズたっぷりのピザを注文。
生ビールを飲みながら夕陽を眺める。金色の光にホイアンの町が輝いている。遠くの山並みが燃えるように赤い。ジュリエットの髪も顔も夕陽に照らされて輝いている。未来への希望に燃えるように輝いている。明日、私は高原の町ダラットに、そしてジュリエットは南のビーチ・リゾートに出発する。これが彼女との最後のディナーであろうか。
私が感傷に耽っていると料理が運ばれてきた。かなり豪華で色彩豊かだ。しかも値段的にはざっと日本の5分の1以下である。ジュリエットは料理を見て満面の笑みを浮かべた。彼女の喜ぶ顔を見るためなら悪魔に魂を売っても後悔しない。というのは言い過ぎで悪魔に魂を期限付きレンタルすることは躊躇しないであろう。
ボーイがバケットからよく冷えた白ワインのボトルを取り出しワイングラスに注ぐ。「ジュリエット、君の輝く未来に」とグラスを挙げるとジュリエットは上気した顔で少し考えてからグラスを挙げて「タカ、あなたの素晴らしい旅に乾杯」と応じた。夕映えの中にジュリエットがいる。美味しいワインと旨い料理とジュリエット。≪ワイン&ローズ≫(酒と薔薇の日々)のメロディーが聞こえてくるようだ。
料理を食べ終わるころには辺りは夜の静寂に包まれ、月が上りホイアン川の水面が月明りにキラキラと輝いている。デザートにジュリエットはマンゴ&バナナクリーム・ケーキ、私はクリーム・キャラメル(プディング)を選んだ。
「この旅であなたと会えたことは奇跡です。タカと会って私の世界が広がりました。芸術や文学や歴史そして英語をもっともっと勉強したいと心から思います。そしていつかタカと会った時のために日本語も。それにしても不思議です。いつもタカは私が心の中で思っていることを言葉にして私に話してくれる」
「僕もジュリエットの考え方や興味が自分と驚くほど似ているので不思議に思っている」
デザートが出てきた。ジュリエットは大はしゃぎだ。無邪気な笑顔を見ていたらメランコリックな気持ちが吹き飛んだ。イラン駐在時代に食べてから私はクリーム・キャラメルが好きになったが、ホイアンのクリーム・キャラメルは気のせいかことのほか美味しい。ジュリエットも嬉しそうにケーキを食べていたが、そのうち私のクリーム・キャラメルも味見したいとスプーンを伸ばしてきて一口食べた。「マシッソヨ(美味しい)?」と聞くと「チョンマル・マシンネヨ(本当に美味しいですね)」と応えた。
⇒第9回に続く
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