ダラットの高台のゲストハウス、美人MBA
11月12日 午後4時、格安のユースホステルにチェックイン。清潔で部屋の設備やシャワーも完璧であり気に入ったので5泊することにした。
11月13日 日中はベトナム最後の王様であるバオダイ帝の別荘まで歩いたり町の真ん中にある湖の周囲を歩いたりと市内見物で時間をつぶした。何を見ても興味が湧かない。ジュリエットと別れてからの喪失感がボディーブローのように効いてくる。
夕暮れ時に静かな高台の洒落たテラスでビールでも飲もうとぶらぶら探してみたが、寂れたような安宿が数件並んでいるだけ。しかたなく古びたゲストハウスに入りくたびれたソファでビールを飲み始めた。女将と雑談していると、すらっとした東洋系可愛い女子が階段を下りてきた。欧米系バックパッカー男子たちが一緒にディナーに出かけようと誘ったが、女子はやんわりと彼らの誘いを断り私の隣に腰かけた。
彼女、ティーンは両親がベトナム人でドイツ生まれドイツ育ちの25歳、経営学修士(MBA)を取得して就職先を決める前にバックパッカー旅行して見聞を広めているのだ。ドイツのMBAはかなりの難関で卒業後はエリートコースが保証されていると聞いていた。実際以前出会ったドイツ人MBAは30前後の若者でコンサルタントとしてフォルクスワーゲンの全世界の生産方式改善、エアバスの部品調達システム構築などに関わっていた。別のドイツ人MBAは40歳にして世界的に有名なドイツの複合企業のCOOをしていた。
ティーンは聡明で明るく素直で可愛い。ビールを飲みながらティーンと団欒していたら“ジュリエット・ロス”が癒されるような気がした。
謎のロシア美女軍団
11月14日 この日も何もする気力が起こらずホステルの朝食を食べてからぼんやりしていたが、自分に叱咤して無理矢理にダラットの街を歩き回った。林芙美子という日本の文学史上でも稀有な存在の無頼派女性作家がこの街を愛したのは何故なのか、そんなことを考えながらぶらぶら散歩した。戦中戦後の激動の時代に過酷な運命に翻弄された≪浮雲≫の主人公にとり、穏やかな山並に囲まれた高原の美しい街ダラットの思い出は生涯で最良の宝物であったのだろう。
ホステルに戻ると共有スペースのソファで20人くらいの美女がわいわい楽しそうにパーティーをしていた。誰かの誕生日らしい。私が入ってゆくと手招きされてケーキやワインなどをご馳走。みんなほとんど英語を解さない。断片的な話から類推すると、どうやら同じ学校の同窓でふだんはロシアの別々の町で暮らしているが年に一回一緒に旅行するというようなことらしい。
私の滞在中、共有スペースにいつでも必ず何人かロシア美女がたむろして飲み食いしており、毎度通りかかるとご馳走になって片言のロシア語やボディーランゲージで交流。最終日に私がホーチミンに向かって出発するときは大袈裟にハグして見送ってくれた。