1968年のメキシコ五輪の個人総合の金メダルがかかった場面。首位のボロニン(ソ連)は、最終のあん馬でわずかながら2度の失敗。加藤さんとの差は縮まった。とは言え、加藤さんは最終種目の徒手(現在の床運動)で、自身最高の9.90以上の高得点(満点10点)を得なくては勝てなかった。このプレッシャーがかかる中で、加藤さんは見事な演技をした。判定に5分ほどの時間がかかったが、結果は9.90。差は0.05点で、劇的な逆転を果たした。大学生の加藤さんはなぜ勝てたのか。それは先輩たちの姿を見て、学んでいたことが挙げられよう。それがこの発言に凝縮される。
「ふつう、成功することばかり練習しますよね。逆に、私は失敗する練習を繰り返しました。若い人には、練習で失敗をいやになるまで繰り返しなさい、と言いたいのです。私は、練習とは失敗を自分の(感覚)の範囲に入れてしまうことだと思っているんですよ。どこでどうやって失敗をし、どうすれば失敗しないかを、身体が分かってくるのです。失敗をしっ放しにしないで、あらゆる角度から失敗をして、その感覚を自分のものにしておく。これが選手にとっての最大の財産です」
プレッシャーは「失敗できない」「失敗したらどうしようという」不安から増幅する。どんな失敗にも対処できる自信があれば、プレッシャーは小さくなる。まさに失敗の練習の成果。内村、白井選手ら男子体操日本には、この失敗の練習の伝統が残っている。ミスをも、自分の演技の美しさに結び付ける強力な伝統だ。ちょっとしたミスに一喜一憂することなく、伝統と進化に裏打ちされた彼らの活躍をじっくり見守りたい。
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