2024年11月21日(木)

イノベーションの風を読む

2016年8月19日

エレキの黒字化で生まれる聖域 

 D.A.ノーマンの『誰のためのデザイン?』の改訂版には「技術は人々が何かをする手段を変えるが、その基本的なニーズは不変だ」と書かれている。人々の基本的なニーズは不変で、技術によってその手段が変化してゆく。技術の進化が無限であれば、人々が何かをする手段も無限に変化する可能性がある。

 ソニーのエレキには、スマートフォンやデジタルカメラ、そしてテレビや音楽プレーヤーなどが含まれている。これらの製品は「いつも友人と会話していたい」「家族の大切な思い出を残したい」「エンターテイメントを家で楽しみたい」「どこででも音楽を聴きたい」といった、いずれも多くの人々に共通する「基本的なニーズ」を満たすための「手段」を提供するものだ。

 エレキの黒字化は、株主や世間の批判に晒されながら、多くの従業員に大きな痛みを強いたリストラやコスト削減によって成し遂げられたものだ。今更、そこに自由闊達などという無駄を持ち込みたくないというのは経営の本音だろう。それはSAPなどの別枠の取り組みでお茶を濁しておいて、既存の製品事業ではコストダウンと効率化に邁進し、製品も高機能や高画質や高音質といった、無難そうで理解しやすい機能改善を続ける。しかしそれだけでは、すでに成長が止まった市場を再び活性化するどころか、黒字を維持して行くことすら難しいだろう。

 ビックアイデアが満たそうとする「基本的なニーズ」は、多くの人々に共通するものでなければならない。アクセラレーターやクラウドファンディングの次は、AIやロボティックスといった流行り物に(遅まきながら)手を出すようだが、既存の製品事業を聖域化してしまったのでは「ソニーらしさ」も「エレキのソニー」も復活は望めない。
 

  
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