必要なのはビックアイデアを育てる企業風土
エリック・リースは著書『リーンスタートアップ』の中で、狙った市場を満足させることができるものに製品を育てる(プロダクト・マーケット・フィット)ためには、プロトタイプの段階から製品を実際のユーザーに使ってもらって「構築 - 計測 - 学習」のサイクルを繰り返すことが重要だと説いた。しかしウェブサービスとハードウェアビジネスでは、プロダクト・マーケット・フィットのプロセスが大きく異なる。
ウェブサービスに必要なソフトウェアは、まず十万円程度のパソコンがあれば開発できる。必要な最小限の機能だけを実装したサービスを公開して実際のユーザーに使ってもらうには、開発したソフトウェアをインターネットに接続されたサーバー上で動かす必要があるが、こちらも最初は年間数万円から数十万円程度でアマゾンなどのクラウドサービスを利用することができる。
確かにウェブサービスの起業コストは劇的に下がった。そしてウェブサービスであれば、得られたフィードバックによって改良したサービスを公開することも毎日でも可能だ。 そしてそのビジネスモデルは、サービスの利用が完全に無料で広告収入を狙うモデルであったり、フリーミアムと呼ばれる無料サービスと有料サービスを組み合わせたモデルであったりするので、必要な最小限の機能だけを実装したサービスを、多くのユーザーに無料で使ってもらうことも難しいことではない。
しかしハードウェアの場合は、プロトタイプをモニターに試してもらうというレベルになってしまうだろう。実際のユーザーに使ってもらいフィードバックを得るには、お金を払って製品を購入してもらわなければならない。最初の製品が、新しいものに飛びつくアーリーアダプターを想定したものであったとしても、求められる完成度はウェブサービスの場合とは比べものにならない。
iPodやiPhoneの例を見ても、ビッグアイデアのハードウェア製品のプロダクト・マーケット・フィットには少なくとも3年はかかると考えたほうがいいだろう。これは資金的な体力のないスタートアップには非常に厳しい。製品や連携するサービスに改良を加えて「構築 - 計測 - 学習」のサイクルを繰り返すことによって製品を市場にフィットさせ、その価値を徐々に多くの人々に理解してもらう。そのような取り組みに自由闊達に挑戦できる企業風土こそが、ソニーらしさなのではないだろうか。