2024年7月16日(火)

今月の旅指南

2010年3月4日

――ところが、障壁画の完成直後に息子の久蔵〔きゅうぞう〕が26歳という若さで死去してしまう。失意のなかで描いたのが「松林図屏風」だといわれていますね。だからこの絵には悲しみが漂っていると。

松嶋氏:たしかに、霧に包まれた松林の情景には悲しみというか、静けさが漂っています。でも、「松林図屏風」は謎が多く、だれが、いつ、どういう状況で描いたのか、本当のところはわからないんですよ。描かれた年代は、(等伯の真筆だとすれば)スタイルから推察して55~56歳だと思いますが、これは本来の桃山時代の絵画の描き方ではありません。日本の従来の画家というのは、源氏物語絵巻から琳派まで(そのなかに等伯もいますが)、リアリズムを目指していないので、作品に遠近感がなく、平面的なんです。そのなかで「松林図」だけが突出している。これは普遍的な画家のセンスで描かれた作品だと思いますね。だから、あと400年経って見てもこの作品は決して色褪せないでしょう。そういうわけで、この絵にスタイルとか時代性を求めてもつまらない。自由勝手に見ていただいたほうがいいと思います。

――それにしても、幽玄の「松林図」とあでやかな金碧障壁画、対極にある傑作を1人の絵師が描いているとは驚きですね。

8メートル近くある巨大な仏涅槃図 
京都・本法事蔵(展覧会会場にて)

松嶋氏:この時代の絵師は、権力者や天下人から注文を受けて描いたので、どんな作品でも描けないと画家として認められませんでした。等伯も花鳥画、仏画、肖像画など、さまざまなジャンルの絵を描いています。

 みなさんは「松林図」と金碧障壁画に注目されますが、僕は、個人的には仏画が好きです。肉眼では見えないほど繊細な超絶技巧には、執念を感じるほどです。彼は法華信徒ですから、仕事を超えて、信仰心をぶつけて描いたのでしょう。また、鬼子母神や女神などの顔は優しく、本質的な等伯の心根がうかがえます。ぜひ見ていただきたいのは「善女龍王像〔ぜんにょりゅうおうぞう〕」。小ぶりな仏画ですが、衣服の紋様も繊細で華麗な色彩が施され、強い存在感を感じます。


――最後に、今回の展覧会の見どころ、鑑賞のポイントを教えてください。

松嶋氏:等伯の代表作約80件が見られるというのが1つの見どころです。これだけの作品点数が揃った展覧会は過去にありませんし、今後もなかなか目にすることができないと思います。また、等伯のドラマチックな生涯が見えてくる展示構成になっているので、それを知るのもおもしろいでしょう。

 等伯は、野望に燃えたギラギラした面と、信仰心に裏打ちされた優しい面の、両面を持っています。野望のほうが話題性があるので、とかく力強さとか雄大なスケール感が強調されて紹介されますが、もう一面の彼――仏画に描かれた女神や水墨画の動物の表現などから感じ取れる、人や動物に対する優しいまなざしにもぜひ注目して見てください。

長谷川等伯 重要文化財 枯木猿猴図 16~17世紀 京都・龍泉庵蔵


  没後400年 特別展 「長谷川等伯」
〈会期〉開催中~2010年3月22日
〈会場〉東京都台東区・東京国立博物館(山手線上野駅下車) 
※4/10~5/9まで、京都国立博物館で巡回展
〈問〉03(5777)8600
http://www.tnm.jp/jp/

 

 


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