2024年5月9日(木)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年3月31日

農村戸籍問題は人権問題

 中国の著名な社会学者・秦暉氏いわく、そのような出稼ぎ労働者の社会的地位は、南アフリカのかつてのアパルトヘイトに劣るという。アパルトヘイトと中国の農民戸籍は、国家が意図的に国内に二級国民をつくり差別する点で変わらない。しかもアパルトヘイトの場合、国家が黒人を隔離するための都市をつくって最低限の衣食住を与えたのに対し(代表例はヨハネスブルグ近郊のソウェト)、中国の場合は国家による放置と都市住民による差別の中、農村戸籍所持者は極端な場合劣悪きわまりないスラム的環境しか享受できないからであるという。以上は、筆者が所属する日本現代中国学会の昨秋の大会でなされた報告の大まかな趣旨であるが、会場内の研究者はみな中国と接する中でこのような問題を憂慮していることから、「農村戸籍の問題は人権問題である」と明快に断じる報告に誰もが快哉を感じ、掌声がしばし鳴り止まなかった。

三農問題は解決するはずだったが……

 中国はもちろん、農民の境遇がいつまでも劣悪なものであって良いと考えているわけではない。究極的には農村戸籍所持者が自分の本籍地(籍貫)の近くで安定した生活を享受し、とりわけ大都市で経験を積んだ者が故郷に戻って自らの経験を活かして起業して知識・経験を開花させることによって、後進的な地域の「現代化」を進めることが理想とされる。鄧小平「先富論」以来の中国は、先に沿海部の大都市が発展し、その利益や経験を中西部の農村地域に波及させ、内陸部が労働力を出して沿海部が援助をするという関係において「中国の特色ある社会主義の優越性」を発揮させ、農村・農民・農業を取りまく「三農問題」を解決することを掲げてきた。また、そのための重要な結節点を整備するべく、農村部における都市化と行政区画の整理統合を図った(重慶市が名義上「世界最大の市」でありながら、実際にはひとにぎりの重慶市街地と巨大な農村地域の和であるのは、四川省東部の複数の地区を重慶市に従属させたからに過ぎない)。こうして農村地域が地方大都市の牽引力とともに動き出せば、「三農問題」は自ずと解決して農民は救われ、共産党の正当性を保てるだろう……。それが90年代末以来の「西部大開発」の一大目的である。リーマン・ショック後の中国経済回復策における重要な柱のひとつである「家電下郷」(農村部での電化製品普及)政策も、農村部の都市産業育成を軸とした経済発展と余剰人口の吸収のために掲げられている。

毒餃子では終わらない?
農村戸籍所持者の反乱

 しかし、それで農民が救われるとは思えない。農民はあくまで農村戸籍所持者である。内陸の都市に住む住民や、そこに商機を求めて外からやって来る大都市出身のエリートとは、戸籍の面において越えられない壁がある。

 どれだけ苦労しても報われなければどうすれば良いか? 上述の通り、毛沢東時代には、真面目に働かなくともどのみち誰もが同じ分配であるという現実が杜撰な社会を生み出した。現在も同じことであり、真面目に働いているように見せかけて手を抜けば良い。中国各地の建築現場で頻発する「おから建築」(鉄筋を満足に使わず、コンクリートも不純物が多いなど、極めて脆い建造物のたとえ)の倒壊や、開通したばかりの道路の陥没、そして耐久力の低い製品など、全てにおいて努力しても報われないがゆえに「創意工夫による良き仕事」を欠いた結果である。それは言い換えれば、やむを得ず労働する「農奴」=農民工たちの「自己防衛」ないし都市戸籍所持者への「反逆」なのかも知れない。


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