年代を知るには、衝突クレーターの数というのが、一般的には一番強いファクターです。月の表面でも、ぼこぼこになっているところは古く、なめらかなところは比較的新しい。宇宙空間にさらされる時間が長いほど、いろいろなものが降って積み重なるということです。ただ、衝突クレーターが多いのかどうかは、そばで見てみないとわからない。でも、天体の色はそばにいかなくてもわかる。そこに大きな意義があります。
(写真:JAXA/NHK)
(イラスト:JAXA)
私は5年前に月探査機「かぐや」のチームに入って、月の重力や地形を研究するようになりました。そもそも94年頃に、「かぐや」の計画そのものをたちあげるときのレポート作りに関わった一人なんですよ。4〜5人のグループで缶詰になって草案を作り上げたんですが、その後は「かぐや」には部分的にしか関わっていなかった。月の起源、進化の歴史を知るためには、表と裏の違いが大きなポイントで、そのために重力や月の形を正確に調査するというのがチームのミッションでした。
●その重力というのはまた新しいテーマですよね。
−− そうです。それまではやってなかったですね。重力は、なんのために調べるかというと、天体内部の密度の異常を見るためなんですね。地下に重いものがあれば重力は大きいし、地下に軽いものがあれば重力は小さいということ。天体の地殻は比較的密度の小さい岩石でできています。この地殻の厚さが天体の場所によって変化するんですね。その下にはマントルという比較的密度の大きい層があります。地殻とマントルの境界面がどのように変化しているかが問題。固かったら地殻とマントルの境界面は変化しない。柔らかかったら変化する。重力の違いから、昔の地下の堅さの違い、そしてそこから温度の違いが見えてくることになります。それは物質の違いかもしれませんが、とにかく、重力を調べることでその天体の進化が見えてくるわけです。
●天体の重力って、そもそもどうやって調べるんですか?
−− 探査機の運動を電波で追跡します。ドップラー効果を利用して探査機のスピードの変化を見るわけです。もうひとつは、天体の位置を決める手法でVLBIというものがあります。複数の望遠鏡である天体を見ると、天体から出る電波の到達時間に差が生じます。その差を利用すると天体の方向を非常に正確に知ることができます。この方法で探査機の宇宙空間での位置が正確に求められます。位置と速度が正確に決まれば、どういう具合で月の周りを動いているかがわかりますね。重力が強いところでは探査機が引かれてスピードが上がり、重力が弱いところでは逆の現象が生じます。単純にいえば、探査機がどれだけ月に引かれているかで重力がわかるということです。もう一つ、「かぐや」では重要なしかけがありました。月はいつも同じ面を地球に向けてますね。そうすると、裏側の重力はわからないわけです。探査機を追いかけることができないから。しかし、「かぐや」は小さいリレー衛星をもっていて、これを飛ばして裏側までカバーすることができたわけです。「かぐや」の探査によってできた、月の裏側の重力地図というのは、世界で初めてのものです。
●ハイビジョン撮影以外に、「かぐや」はそんな大事な仕事をやっていたんですね。ちなみに、アメリカが何度も探査した月を、どうしてもう一度目指したんですか。
−− 惑星探査をやるなら順番からいって月だろうというのが一つ。それから、「アポロ」の後といっても、月の基礎データというのは、ほとんどなかったという事情があります。たとえば、月全体の反射スペクトルのデータもなかった。そんな中、1994年にアメリカが「クレメンタイン」探査機を月に送りました。これによって、なんだ、月ってまだまだおもしろいじゃないか、というムードになったんですね。月のおもしろさというのが再認識されて、それが日本の月探査の意欲にもつながったんだと思います。
※後篇は5月24日(月)公開予定です。
◎略歴
■佐々木晶〔ささき・しょう〕 国立天文台教授。アリゾナ大学月惑星研究所研究員、広島大学理学部助手、東京大学大学院理学研究科助教授等を経て、現職。火星探査機「のぞみ」、月周回衛星「かぐや(セレーネ)」、小惑星探査機「はやぶさ」など、日本の惑星探査プロジェクトの多くに携わり、数々のミッションを支えている。
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