――本書の冒頭に近未来の農業のイメージが出てきますね。除草用ルンバが草刈りをしていて、無人のトラクターが水田を走っていて、ドローンが上空から稲の生育状況を調べていると。農家はクーラーの効いた部屋から作業を遠隔で監視すればいいという未来予想図ですね。近い将来に、そういうことが実際あり得るんでしょうか。
窪田:あり得るでしょう。企業はこれをやろうとしていますから。たとえばある農業コンサルを手掛ける会社は今年から、集落のあらゆる除草をロボットに任せられるような仕組みをつくると言っている。
――そうなると農家って、これまでとやることが全然変わってくる。
窪田:全体とは言わないけれども、大層はそうなるでしょう。大層の農家にとって、経営の質は多少なりとも変わっていく。
今年に入って北海道の根室地方の別海町に行ったんですが、搾乳ロボットを使っている酪農家がいた。糞尿処理も、餌やりもすべてロボットで、それまで家族経営で4人が酪農に携わっていたけれども、経営者1人でよくなって、労働力が4分の1ですむようになった。しかも自動化によって搾乳の回数を従来の2回から4、5回に増やせた。加えて搾乳した生乳を即座に成分分析して最適なエサを与えるようにするから、搾乳量がこれまでの2、3割増しになった。そういう意味で、生産効率の向上は4倍どころではない。
ただ、単純に搾乳量が増えたから終わりではない。ロボットを入れたのは、次の経営を考えてのこと。畜産業界は全体的に大規模化の流れにあって、家族経営で現状の規模のままだと、より大きな経営体に合理性では負けちゃうんじゃないかと。だから頭数を増やしたいけれど、田舎だから人がいなくて人手を増やせない。それでロボットを入れた。
これから頭数を増やしていくことを計画しているんだけれど、話はそれだけでは終わらない。生乳生産だけでいいのかと。リスク分散させるんだったら、加工でチーズをつくったりしないといけないんじゃないかと。でも時間がないと、そういう計画が考えられないわけだ。これからの大量離農、地方から人がいなくなるという大きな流れの中で、次の経営をどうするかと。それを考える余裕をつくるために、この酪農家はロボットを入れた。
日本の農業って生産性がものすごく低い。ただここにきて、それを国際水準に、あるいはそれ以上にしようという成長産業化の流れがある。大量に農家がやめていくことで、急に大転換が来てしまっているわけで、それに対する一つの答えがロボットとかAIだということ。
もうひとつは食の多様化、価値の多様化が起きている。もともと人間はおなかを満たすために食べていた。でも今は一日当たりの摂取カロリーが終戦直後よりも低くなっている。おなかを満たすという欲求の後に来たのが、味の追求だった。それでも満足できなくて、健康だとか、あるいは自分のライフスタイルや考え方に合わせたオーガニックにしたり、ベジタリアンにしたりと。そういう多様な価値にどう遡及していくかという課題がある。
今までのようにこれは安心安全ですと言うだけでは全くダメ。具体的にどれだけ安全なのか、あるいはどれだけ健康に役立つかということのエビデンスをきちんと示していかないといけない時代に入っているわけです。アグリテックというのは、基本的にデータをとっていくものだから、それ自体がエビデンスになる。だから、そういう意味においてもアグリテックがこれから求められてくるんじゃないのと。
農業って、分け方がいろいろあるだろうけれど、モノの農業とコトの農業があると考えられるじゃないですか。モノの農業っていうのは大量生産、大量出荷、大量消費。どんどん生産効率を上げてたくさん作っていく。コトの農業は、いろんな価値に遡及し得るものをつくっていくと。いずれにおいても、これからロボットAIの活用というのが求められてくる。
――アグリテックは世界中で広がりつつあるようですが、日本発「ロボットAI農業」の優位性というのはどこにあるんでしょうか。
窪田:日本は高齢化で農業生産の継続がかなり厳しいわけです。それに加えてマーケットである消費者も高齢化している。だから、生産性の向上と価値に遡及する農業づくりということにおいて、もう環境が整っているわけですね。そのことを日本農業の関係者たちがよく理解して、このロボットAI農業のスタイル、やり方っていうのを日本で作ってしまう。そしてその手法を海外に輸出して、広めていこうという話なんです。
一言でいえば、ピンチだからこそチャンスということ。ピンチをチャンスに変えて、日本がロボットAI農業でリーダーシップを握ろうと。そういう思いで書いた本です。
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