2024年4月19日(金)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2017年3月27日

鉛筆を舐める

 過度に楽観的な予測を作ることを、“鉛筆を舐める”と言いますが、エコノミスト嫌いなトランプ政権にはその傾向が著しいようです。また、公式統計そのものも改変するとの報道もあります。もしこれが本当だとしたら、このような行為は先人が築いた貴重な知的財産を破壊する行為だと言えるでしょう。この点を踏まえた上で以下3点コメントします。

 第1は、今後の成長見通しについてです。過去においても3%を超える高い成長率はありました。レーガン時代の成長率は3.4%で、クリントン時代は3.7%でした。しかし、こうした成長率を再現することは難しいという見方が大半です。例えば、P.クルーグマンは、次の2つの理由を挙げています。その1は、レーガン時代はベビーブーマーが労働市場に参入しましたが、現在は違います。労働力人口の変化だけで今後の米国の成長率は約1%低くなります。理由2は、レーガン政権とクリントン政権の発足時は、失業率は約7%で、景気が低迷する中で政権を引き継ぎました。このことは多くの遊休資源を再利用するだけで高成長が可能でした。が、現在はほぼ完全雇用です。高い成長余地はありません。

 第2に、トランプ政権が掲げる3%を超える成長率を今後10年間にわたって実現するためには生産性の飛躍がなければなりません。減税と規制緩和というサプライサイド政策によってそれが実現可能かどうかです。この点に関しての標準的な考え方は、トランプの税制改革は短期的にはGDPの水準をある程度は引き上げるが長期的にはその引上げ効果はないこと、さらには、GDP成長率の引き上げ効果はやや長い期間で見れば殆どないというものです。

 第3は、米国は貿易収支の定義を変更して輸出からは再輸出分を除くとの報道についてです。この定義変更によって例えば対メキシコ貿易収支の赤字は631億ドルから1154億ドルに拡大するようですが、この件については3つの疑問があります。第1は再輸出分を輸出から控除するのであれば、輸入からも同額を控除すべきであるがなぜそうしないのかという疑問です。第2は、よく知られているように、国際収支統計はIMFが作成した世界標準に基づいて各国が作成しています。米国だけ貿易収支の赤字を大きく見せるというトランプ標準に換えることは許されるのでしょうか。まさか最大の出資国である米国はIMFを脱退する気なのかと疑いたくなります。第3の疑問は仮に貿易収支の定義をこのように変更することが許されたとしたら、国連による世界標準によって作成されているGDP統計の中の純輸出の赤字も当然大きくなり、米国のGDPは小さくなります。トランプはそれには満足するのでしょうか。

  
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