2016年5月に三重県で開催された伊勢志摩サミット。首脳が会議をしている間、各国首脳の配偶者をもてなすプログラムが設けられ、安倍昭恵首相夫人が接遇役を務めた。昼食では、三重県の食材をふんだんに使った料理が出されたが、そのテーブルには一風変わった「酒器」が置かれていた。
樹齢350年の木曽ヒノキから一つひとつ削り出し、厚さ1ミリにまで削り込んだ木地に、塗装をほどこし、蒔絵(まきえ)で和の伝統的な文様を描いた。持つと驚くほど軽い。形は、円錐形が上下につながった、ちょうど砂時計のようなもの。酒を注ぐ内側は塗装をしないヒノキの無垢(むく)で、年輪が独特の美しさを醸している。それぞれの酒器には配偶者の名前が刻まれていた。
実はこの酒器がサミットで使われることになった背後には、ひとりの仕掛け人がいた。柴原薫さん。木曽ヒノキの森を縫って中山道の旧道が続く長野県南木曽(なぎそ)町で、南木曽木材産業という会社を営む。すぐ近くには、今も江戸の街並みが残る妻籠(つまご)宿がある。
「日本の林業は限界に来ています。50年の杉が1本300円、ヒノキで1000円。切り出す手間賃も、森を維持するために苗木を植える費用も出ません」
日本の林業を再興したいと考えてきた柴原さんが取り組んだのが「サミット・プロジェクト」だったのである。