2024年11月23日(土)

Wedge REPORT

2017年4月24日

 

 今回の豊洲市場の汚染問題を通じて、行政、市民、事業者、マスメディアのどの側にも、環境問題について健康リスクを評価し、そのリスクの大きさに応じて対策を決めるという態度がないと感じる。それは、目標が「ゼロリスク」となっているからである。

 こういう様相は築地移転問題がはじめてではない。BSE(牛海綿状脳症)の場合もそうだった。英国でのBSE発症の報を受けて、抜き取り検査が行われていたが、01年9月、その中の1頭がBSEと診断された。BSEは、牛の脳など(特定危険部位)に異常プリオンという特別のタンパク質が貯まることで発症するが、そのプリオンを一定量以上食べた人間も脳症の一つvCJD(変異型クロイツエルヤコブ病)になり、早くに死にいたる怖い病気である。

無意味だった若齢牛の全頭検査

 この報告で、日本中は大パニックに陥った。消費者の牛肉に対する拒否反応はひどく、政府も立て続けに対策を打っていった。30カ月齢超牛の全頭検査と危険部位(異常プリオンが貯まる組織)の除去、肉骨粉(動物の廃棄物から作られる飼料)の使用禁止などであった。まだ、異常プリオンが脳で増殖していない若齢牛の検査は無意味であると、諸外国や国際獣疫事務局(OIE)は主張したが、わが国では、若齢牛も全頭検査の対象とした。

 やがて、BSEの発症もなくなり、全頭検査にはリスク削減の効果はほとんどないことも明らかになったが、マスメディアや市民団体は全頭検査を要求し続けた。食品安全委員会が求めたパブリックコメントには、「食品だから、ゼロリスクが望ましい」として、全頭検査を求める意見が圧倒的に多かった。厚生労働省は、13年に国として全頭検査をやめた方がいいという通達を出したが、すべての都道府県が48カ月齢以上の全頭検査を続け、不思議なことに、厚生労働省はその費用を負担し続けた。

 そして、今年の3月末、16年半続いた全頭検査は終わった。都道府県も業者も、全頭検査が無意味だと分かっていながら、「ゼロリスク」と思わせるために、これを続けたのである。13年には、時の厚労大臣が、「国民の不安を払拭するのに意味があった」と述べている。

 その後、東京電力福島第一原子力発電所(1F)の事故によって必要となった放射性物質の除染においても、「ゼロリスク」を求める姿勢は繰り返された。1Fの事故により、広範な地域が放射性物質で汚染された県民の放射性物質による内部被ばく量(食物の摂取などで体内に入る量)は、当初の予想より低く、初期の対策が功を奏したと評価できる。


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