2024年11月22日(金)

イノベーションの風を読む

2017年5月17日

ディープラーニングが世界を飲み込む

 自動車を運転する多くの人々にとっての基本的なニーズは「移動」です。安全に快適に速く移動することです。自動車は、それを満たすための現時点で実現可能な手段に過ぎません。自動車が発明されてから、自動車はずっと人間が運転するものでした。誰もがそう信じてきました。

 ペイパル・マフィアと呼ばれる何人もの起業家を輩出したペイパルやパランティアの共同創業者で、その後フェイスブックやスペースXなど数百社のスタートアップに投資した投資家としても知られるピーター・ティールは、「誰もが信じている嘘を特定することができれば、その後ろに隠れているもの、すなわち『逆張りの真実』を発見できる」と言っています。逆張りとは株式投資の用語で、株価が急落したときに買うなど、株価の動きと逆の方向で売買することを意味します。

 自動運転車は、「自動車は人間が運転するもの」という誰もが信じてきた嘘の裏にある逆張りの真実です。それは、これまで自動車メーカーが訴えてきた「運転する楽しみ(ファントゥドライブ)」といった価値を消失させてしまいます。アクセルペダルからエンジンのレスポンスを感じたり、ハンドリングのフィーリングを楽しんだりといった、趣味や娯楽的な価値を自動車に求める人は実は非常に少ない。

 それらは見方を変えると、安全に快適に速く移動したいという、人々の基本的なニーズを満たすための技術が未熟であるがために残されているものといえるでしょう。基本的なニーズを満たす手段の理想形を追求すれば、製品はまったく異なるものになるかもしれません(製品の再定義)。あるいは、ビジネスそのものが、例えば自動車は購入して所有するものではなくなるなど大きく変化するはずです(事業の再定義)。

 ソフトウェアの進化によって、ひとつの製品を構成するハードウェアとソフトウェアの役割分担の境界が変わってゆきます。自動運転車は、運転における「人」と「ソフトウェア」と「ハードウェア」の役割分担の境界を大きく変えつつあります。あらゆる産業のデジタルイノベーションはソフトウェアによって起こっています。マーク・アンドリーセン(ネットスケープの共同創業者)は「ソフトウェアが世界を飲み込んでいる」と言いましたが、ディープラーニングもその流れの上にあります。

 しかし、これまでハードウェアの価値の向上に集中してきた「日本の電機大手」にとって、ソフトウェアは不得手な分野でしょう。ソフトウェアというと、膨大な投資で開発する社内の総務関係や生産管理のITシステム、あるいは機器に組み込まれメカや電気の隙間を埋めるだけのファームウェアと呼ばれるものしか思い浮かばない経営層も多いと思います。自社の製品(ハードウェア)事業にとっての、ソフトウェアの重要性など想像もつかない。これは、AIの時代を生き抜こうとする企業にとって致命的な問題です。産経ニュースの見出しには「課題は人材不足」とありますが、それ以前に経営層が、自らの意識を変革して、現行の製品や事業の再定義に本気で取り組むことができるかが大きな課題でしょう。

  
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