脳は真っ暗闇の中に、ピピピって信号が届いているだけ
池谷:自分が脳になったことを想像してみていただけますか。
出口:はい。
池谷:子どもたちに同じように聞くと、脳は知能を生む場所だから、「自分が脳になったら天才になれそうな気がする」って言うんですが、たぶんまったく逆です。脳は頭蓋骨の中に幽閉されて、真っ暗闇で光も匂いも味も何も届きません。
出口:牢獄みたいなところですね。
池谷:そうなんです。これは本当に重要で、脳には光が届いているわけじゃない。脳は何を見ているかというと、網膜で光が電気信号にピピピピと置き換わって、そのモールス信号が脳に届くんです。ピピピピという信号を元の画像に復元して、こういう映像だと感じる。映像もピピピだし、音もピピピだし、感触もピピピ。これは実に不思議です。
出口:脳に届くものはすべてピピピ信号なんですね。
池谷:ええ、真っ暗闇にピピピと届いているだけです。
出口:その中で判断するって、わりとしんどい生活ですね。嫌ですねえ。
池谷:おっしゃる通りです。たとえば、私の前に画面パネルがあって、各ドットが神経とつながっていて、そこからのピピピ信号を電光で映し出しているとしましょう。たとえば今、コップを手で触ったら、その信号がピピピとパネルに対応して光ります。脳になって見ていると想像してくださいね。
出口:ええ。
池谷:どうしてこのピピピが、目からじゃなくて手から来たってわかるんでしょう? パネルのドットは、全部ピピピなんですよ。全部等価なピピピです。
出口:それなのに、これは目から来た光だとか、耳から来た音だとか、わかるんですね。
池谷:なぜわかるんですか?
出口:わかりません。
池谷:そう、わからないんです。
出口:ある意味、本当に宇宙論に似ていますね。ダークマターがあることはわかるけれど、それが何かは分からない。でもそういうものを置かないと説明できない。
池谷:そうなんです。
出口:どうなっているかわからないけれど、あるということを前提にしなければいけない。不可視な領域がいっぱいあるのですね。
池谷:脳は「この経路を通ってきたから、これは触覚だ」とか、生まれて一度も確かめたことはありません。これは、宇宙から突然、見たこともない記号が届けられ「この楽譜で宇宙人の音楽を復元してください」と言われるのに似ています。
出口:ああ、そうですねえ。
池谷:宇宙の音楽がどんな楽器を使っているか、音階だってドレミじゃないはずです。そんなものを復元するって不可能でしょう。
出口:永遠に理解できない世界があると理解したほうがいい。
池谷:そう、パラレルワールドみたいなものです。