特別対談企画「出口さんの学び舎」

2017年5月22日

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僕らの体の輪郭は、とても曖昧なものです

池谷:自分の右手を見てください。

出口:はい(右手を出して見る)。

池谷:この右手って、出口さんご自身の右手ですか?

出口:はい。

池谷:どうしてそう思うのですか?

出口:わからないです。でも自分にくっついているし。目で見てピピピと伝わるから。

 

池谷:おっしゃる通りです。でも、ここにあるコップだって、目から入って来るピピピですよね。

出口:確かにそうです。

池谷:コップのピピピには所有感がないのに、なぜ自分の手だけ所有感があるのでしょう。

出口:2つのピピピに、差はないですよね。

池谷:さすが出口さん、いいところに気づかれました。今年の1月、面白い実験をした人がいます。手を縛って動けないようにして、目の前にゴムのおもちゃの手を置いた。おもちゃだから、当たり前ですが自分の手じゃありません。ところが、そのゴムの手をポンポンポンって棒で突きながら、同じリズムでピピピと脳を刺激したんです。

出口:どうなったのですか?

池谷:ゴムの手が、自分の手に感じられるようになるんです。それも、たった6秒で!

出口:えっ、すごい!

池谷:つまり、脳へのピピピ信号と、視覚としてのピピピ信号が同期しているだけで、自分のもののような錯覚が生まれるんです。その状態でナイフとかで刺すと「痛い~!」って感覚になるらしい。つまり、僕らの体というのは、そんなことで簡単に変更可能になるくらい曖昧なものなんです。

出口:なるほど。

池谷:これは不思議なことではないんですよ。聴覚障害の人の人工内耳は、マイクで拾った音を、ピピピ信号に変えて、その電気信号で蝸牛を刺激するんですね。実際、人工内耳から聞こえてくる音は、ロボットが発している電子音みたいなものです。自然の音だなんて到底信じがたい。でも、そのまま我慢してつけていると、いつしかその音との一体感が生まれて、自然の音声に化けるんです。1か月後には会話ができるようになるんですよ。

出口:脳がだまされるんですね。

池谷:そうです。誰の声でもわかるので、1か月後には電話で話せる。ということは、どんなピピピ信号でもいいんですよ。

出口:慣れてくれば。

池谷:そう。僕が聞いたピピピ信号と、出口さんが聞いたピピピ信号は、同じものを聞いたとしても違うんです。出口さんにはピッピピピーで、僕にはピーピピピーピーと聞こえているかもしれない。でも慣れてくればその音として、どんな音でも聞こえます。なんとなくわかっていただけますか?

出口:大体は。

池谷:ってことはね。脳が慣れてくると、「これは目」「これは耳」「これは手」っていうふうに、真っ暗でも信号に慣れて解釈が上手になるわけです。でも、ピピピだったら何でもいいのなら、ピピピ信号から本当に現実の世界をちゃんと復元できているのか、自信がありますか?

出口:いえ、まったく自信がないです。

池谷:僕もまったくありません。それどころか、ここにはもっと大きな問題がある。「現実世界を再現している」というときの現実世界とは、いったい何ぞや。「現実世界って本当にあるの?」という話になっちゃうんです。

出口:だんだん、ハリウッド映画の世界になってきますね。

池谷:そうなんです。だって僕らは生まれてこの方、ピピピ信号しか脳では感じたことがないんですよ。それなのに、外側の現実世界を想定するなんて意味がないわけです。

出口:先生のおっしゃっていることを荒っぽく言えば、真っ暗な牢獄の中にいる鉄仮面が、日常生活を続けているうちにピピピを聞き分けて、これが現実だという仮想世界を作っているだけ。それが本当かどうかは確認のしようがない。という理解でいいですか?

池谷:ずばり、その通りです。それはたぶん、みんなやっていること。みんなが自分の中に現実世界という仮定を勝手に置き、それを復元した気分になって、相互に影響し合っているのがこの世界だと思います。

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