猫って、宇宙からやってきたとしか思えない生物です
池谷:コントラフリーローディングってご存じですか?
出口:いいえ。
池谷:「なぜ働くか」という話と関係あるので、お話します。コントラは「逆」、フリーは「ただ」、ローディングは「負荷」です。つまり、労せず手に入れたものより、脳は対価を払って入手したものを好むという話です。僕らは研究室でネズミを飼っていて、ケージの中にエサを置いている。自由にいつでも食べていい状態になっているのですが、ネズミは賢いので、レバーを押してエサが出てくる道具を置いたら、お腹がすいたときレバーを押して勝手に食べるんです。
出口:ほう。
池谷:ケージの中に、レバーのついた道具と、お皿のエサを両方置いておくと、ネズミはどちらを食べるでしょう?
出口:レバーのほうでは?
池谷:そうなんです。
出口:面白いからじゃないですか。
池谷:そうだと思います。つまり、苦労せずに手に入れたエサには価値がないんです。これ、ネズミだけじゃなくて、ほぼすべての種がそうです。魚も鳥も猿も犬もみんなそう。魚なんて、目の前にあるプランクトンを食べればいいのに、海藻の中にあるプランクトンをわざわざつついて食べるんですよ。
出口:苦労があるほうが、ゲットしたときの楽しさがあるんでしょうね。
池谷:そうでしょうね。人間も小さい子にガチャガチャの中身をそのままあげるより、ガチャガチャの機械があれば絶対に回します。これはもう100%回す。だから人間も同じなんです。年を取って、引退して、年金もらって、働かずに手に入れたお金は、たぶんあまり価値がない。出口さんはいつも「定年なくしましょう」っておっしゃっていますよね。
出口:ええ。
池谷:僕は本当にそうだなと思う。給料が安くなるのは仕方ない。でも、働いて手に入れるのは、脳の本質だと思うんです。
出口:動く物と書いて「動物」です。動物は、自分で動いて、エサを獲ってきますもんね。タダで貰うなんて、動物の世界ではおかしいやないか、ってことですね。
池谷:おかしいです。飼い犬みたいにご主人からもらうことに慣れて2000年経っている犬ですら、レバーを押すんですから。もしかしたら、働く物とかいて「働物」といってもよいかもしれませんね。でも面白い話があって、唯一コントラフリーローディングが観察されない生き物が知られているんです。
出口:何ですか?
池谷:猫。とくに家猫ですね。猫は絶対に楽なほうに行くんです。
出口:猫だけはフリーローディング(笑)。
池谷:そうそう。労働フリーな生活が大好き。動物の定義は、エサを獲るために動き回ること。この意味では、猫たちは、もはや動物じゃないです。楽できる機会があれば徹底的に採用、みたいな下心丸見えなんですよ。
出口:これから怠け者には「お前は猫やな」とか言えばいいわけですね。
池谷:あはは(笑)。猫は、ある意味、進化した未来型の生物という言い方もできますね。あるいは、宇宙からやってきたか。地球上の生物ではないですね(笑)。
出口:今度、猫が大好きな友人にしゃべってみよう。面白過ぎてあっという間に時間がたってしまいました。先生、貴重な時間をどうもありがとうございました。
1970年静岡県生まれ。脳研究者。東京大学薬学部教授。薬学博士。神経科学および薬理学を専門とし、海馬や大脳皮質の可塑性を研究。また、最新の脳科学の知見を出し惜しみせず、かつわかりやすく伝える著書は多くのファンを得ており、ベストセラー多数。著書に、『海馬』(糸井重里氏との共著)『進化しすぎた脳』『脳はなにかと言い訳する』『のうだま』『のうだま2』(ともに上大岡トメ氏との共著)『単純な脳、複雑な「私」』『脳には妙なクセがある』など。
1948年三重県生まれ。京都大学法学部卒業。ライフネット生命保険株式会社代表取締役会長。日本生命保険相互会社に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2016年6月より現職。
主な著書に『世界一子どもを育てやすい国にしよう 』出口治明・駒崎弘樹(著)(ウェッジ)、『「働き方」の教科書: 人生と仕事とお金の基本』(新潮文庫)他。
▼特別対談企画「出口さんの学び舎」
・木村草太(憲法学者)×出口治明(ライフネット生命会長)
・森本あんり(神学者、アメリカ学者)×出口治明(ライフネット生命保険会長)
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