ライフネット生命会長・出口治明さんが「歴史」や「教養」をテーマに、さまざまな有識者をゲストに迎える対談企画「出口さんの学び舎」。技術革新やグローバル化により変化の激しい現代で、ぶれない軸を持って生きていくために必要なものとは何か、対話を通じ伝えていく――。
第1回 人工知能に、人の真似をさせるのは間違っている
第2回 脳はじゃじゃ馬、多少くじ運が悪くても乗りこなすほうが面白い
第3回 記憶力を鍛えるのは入力じゃなくて出力です
第4回 脳の中にはダークエネルギーがある
念力と意志の力は何が違うのか
出口:脳は、人間とどう関わっているのでしょう。結局、脳が人間のすべてと考えてもいいんでしょうか?
池谷:私は一応脳研究者なので、「はい、そうです」と申し上げたいところです。唯脳論的な立場を科学者としてとらなきゃいけないんですが、ちょっと哲学的なことを考え始めると、難しい問題がいっぱい出てきます。たとえば念力と意志の力は何が違うのか。今、目の前にあるコップを、念力で持ち上げることはできませんよね。物理の世界で言うと「エネルギー保存の法則」に反するからです。
出口:反しますね。
池谷:では、私が手で持ち上げるのは、エネルギー保存の法則に反しないんですか? という話になってくる。手で持ち上げるのは、運動神経がピピピと反応してそれが電気信号になって走り、筋肉が収縮して上がる。その運動神経の最初のところをピピピピと動かしたのは誰ですか?
出口:無意識の部分。
池谷:そうなんです。運動神経の上流ですけれど、結局、無意識の渦にその源流をたどっていくと消えていっちゃう。
出口:わかりませんよね。
池谷:じゃあ、「意志ってなんだろう?」という話です。ミクロな話をすると、電気信号は神経線維の上に、タンパク質を通す穴が開いていて、普段は閉じているんです。それがパッと一瞬開くと、電気が上がる。僕らがこうして動いているのは、すべてタンパク質の形の変化なんです。最初にタンパク質の形を変化させたものがあるから連鎖反応を起こすのですが、最初に変化させたのは誰? それが意志なんですけどね。
出口:その意志のほとんどは、無意識の部分で決めていると言われますよね。
池谷:じゃあその無意識の、たんぱく質を変化させたのは誰ですか?
出口:ってなってくると、わからなくなりますね。
池谷:わからないんですよ。何か強靭な無意識の意志があって、タンパク質を変化させるとき、手で「よいしょ!」とかやっているわけじゃないですからね。でも、形をぐっと変化させたということは、念力で動かしているのと似ているじゃないですか。
出口:ええ、確かに。
池谷:念力がなければ、タンパク質だって最初の変化は起こらないはずなんです。と、考えると、エネルギー保存の法則を成立させるためには、唯脳論というか、一元論ではダメなんです。
出口:なるほど。
池谷:心は別の世界にある、と考えなければダメなんですよね。私は、二元論は到底科学者として認められないんですが、よくよく考えると二元論じゃないと世の中成立しないことに気づきます。これはとても難しい。
出口:僕もよくわかりませんが、脳の中でそういう作用が働いていることは確かですよね。自由意志じゃないのなら、なんだろう。宇宙論で言えば、ダークエネルギーのようなものでしょうか。
池谷:おっしゃる通りです。私たちも脳のダークエナジーという言葉を使っています。
出口:こういうお話を聞いていると、AIよりも何倍も面白いですねえ。