冒険的研究賞からの資金提供や遺伝・進化・環境学科という研究の場を得て、レーンは、それまで育んできたアイデアに磨きをかけ、取捨選択し、厳密な仮説として組み上げて検証する足がかりを築くことができた。
本書では、異分野の研究者たちとのやりとりや、有能な博士課程の学生やポスドクたち――反応装置の泥臭い化学反応に取り組むグループと、数学のスキルを真核生物の形質の進化に対して発揮する数理モデル化のグループの二つ――の研究が、仮説を否定したり、大きく前進させたりする過程も仔細に描かれており、研究に立ち会っているかのような臨場感が味わえる。
また、レーンの「新たな視点で見た生命の小史」が、読者の脳にこびりついた「古くさい考え」をブルドーザーのようにきれいさっぱり排除していくのも、なかなか痛快だ。
たとえば、初期の地球の「原始スープ」が生命の出現を促した、という説。あるいは、抗酸化物質が老化を遅らせる、という説。これらの「伝統的な見方」が、太古の地球環境や、細胞中の電子やプロトン(正電荷をもつ素粒子)の流れに目を凝らすことで、あっさり覆されるのには、驚いた。
新しい成果が次々と出てきている進化生物学
進化にエネルギーの視点を組み込む、という大胆な発想が、「複雑な生命の進化にはふたつの原核生物による内部共生が必要だ」という確信に、レーンを導いた。
「細胞内の細胞」という起点から始まって、ふたつの性の進化、生殖細胞と体細胞の区別、プログラム細胞死、モザイク状のミトコンドリア、さらには有酸素能と生殖能力や、適応性と病気や、老化と死のあいだに見られるトレードオフの関係にまで、思索の翼がひろがる後半は、息もつかせぬ迫力がある。
エピローグに、日本の生物学者チームが深海にユニークな微生物を見つけた話がある。このように、進化生物学の分野では近年、新しい成果が次々と出てきている。
レーンのグループの主張がどこまで正しいかはまだわからないが、少なくとも、生体エネルギーに注目する考え方は、生命史に新たな光を投げかけると思われる。もちろん、多くの読者をわくわくさせる、目の覚めるような新機軸であることは、まちがいない。
<・・・・・・その木にもミトコンドリアがあり、それは葉緑体とほぼ同じように働き、無数の呼吸鎖に果てしなく電子を流して、いつもどおり膜をはさんでプロトンを汲み出している。あなたもいつもしているとおりに。これと同じ電子やプロトンの行き来が、あなたを母胎にいるときから生き長らえさせている。あなたは毎秒1021個のプロトンをひっきりなしに汲み出している。あなたのミトコンドリアは、あなたの母親から卵細胞に入って受け継がれたもので、それはこのうえなく貴重な贈り物であり、世代を超えて途切れなく、40億年前の熱水噴出孔で最初にもぞもぞしていた生物までさかのぼれる命の贈り物だ。・・・・・・(中略)汝、プロトン駆動力(フォース)とともにあらんことを!>
プロトン駆動力に突き動かされ、自分がいま生きて本を読み、考えをめぐらせていることの幸運を感じさせてくれる一冊である。
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