2022年9月26日(月)

前向きに読み解く経済の裏側

2017年7月18日

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塚崎公義 (つかさき きみよし)

経済評論家

1981年 東京大学法学部卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。主に経済調査関連の業務に従事。2005年 銀行を退職して久留米大学へ。現職は久留米大学商学部教授であるが、当サイトへの寄稿は一個人として行うものであるため、肩書きは「経済評論家」とする。

農家の方が発言力が大きい

 今ひとつの理由は、政治的な発言力の問題です。農家にとっては、農産物の輸入自由化は死活問題ですから、必死に反対するのは当然ですね。一方の消費者は、「農産物が安くなったら嬉しい」とは思いますが、「農産物の輸入を自由化しろ」といったデモに参加したりしません。消費者全体として受けるメリットは大きいのですが、消費者は人数が多いので、一人当たりのメリットが小さく、わざわざデモに参加しようというインセンティブがないのです。

 製造業者は、「自分がどの程度のメリットを受けられるか」が定かでありません。相手国が関税を下げても、どの程度輸出が増えるのか、事前には予想が難しいからです。相手に攻め込まれる農業が被害を予想できる一方、攻め込む方の製造業は、戦果の予想が難しいのです。

 こうして、農家は少数であるがゆえに政治的な発言力を持つ、という不思議なことが起きるわけです。政治家としては、「農産物輸入を自由化すれば、農民票は必ず減るが、都市での得票が増える保証はない」と考えるので、自由貿易協定には積極的になれないのです。

もらう満足より奪われる不満の方が大きいという心理学的問題も

 人間は、100円儲けた喜びより100円損した悔しさのほうを大きく感じるようにできているそうです。まして、政府の政策によって100円利益を得る満足よりも、政府の政策によって100円不利益を被る不満足の方が大きいことは、容易に想像がつくでしょう。自分で株で損したわけではなく、恨むべき相手が目の前にいるからです。

 そうなると、上に「農家にとっては死活問題だから」必死で反対すると記しましたが、それだけではなく、「稼ぐ権利を政府に奪われる怒り」も加わると考えるべきでしょう。したがって、一層真剣に反対運動を繰り広げるわけです。

 そうなると、世論としても「農家が可哀想だ」という方向に傾く可能性も出てくるでしょう。そうなると、輸入自由化を推進した政治家は「血も涙もない」といった眼でみられかねないわけです。そんなリスクまで負いたくありませんよね。

日本の場合、「一票の格差」の問題も

 日本の場合には、高度成長期に大量の若者が都会に出てきましたから、農村地域と都会の人口比が大きく変化しましたが、選挙における議席数の増減は、それほどでもありませんでした。議席を減らされそうな農村地域出身議員が必死で反対したからです。そこで、農業関係者の投票が国政に反映されやすい構造になっているのです。

 加えて、農業関係者は多くが選挙に行きますが、都会の住民は投票率が必ずしも高くないですし、農産物自由化に関心が薄い有権者が圧倒的多数なので、都会選出の議員は農産物の輸入自由化に熱意を持つインセンティブがないのです。

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