ペルシャ湾をはさんで対立するイランとサウジアラビアの石油大国同士の関係は悪化の一途を辿っているが、両国の内部ではそれぞれ権力闘争が激化し、中東情勢に暗雲を投げ掛けている。とりわけ、イランではロウハニ大統領の弟が逮捕されるなど深刻で、最高指導者を巻き込む対立に発展している。
亡命者の運命をたどるな、と警告
ロウハニ大統領の実弟で、大統領特別補佐官のホセイン・フェレイドウン氏が司法当局に逮捕されたのは7月16日。同氏は逮捕後、体調を崩し、病院に搬送され、17日になって保釈された。同氏の容疑は「金銭をめぐる犯罪」に関与したというものだが、詳しくは明らかにされていない。
同氏は2015年のイラン核合意の交渉で重要な役割を担ったことで知られるが、警察や治安機関、司法当局を牛耳る保守強硬派が改革穏健派のロウハニ大統領にダメージを与えるため、かねてから目を付けていた人物でもある。「大統領を直接狙うという露骨なやり方をせずに、大統領に痛手を与える巧妙なやり方」(イラン専門家)だった。
保守強硬派はなぜ今、ロウハニ大統領に対して攻勢に出たのか。それは大統領が5月の大統領選挙の圧勝の勢いに乗り、保守強硬派の牙城である司法当局に対する非難を強め、これに同派が危機感を深めたことにありそうだ。大統領は司法当局が恣意的な逮捕と残虐行為の歴史を繰り返してきたと批判し、同国で最強の治安機関であり、聖域とされてきた革命防衛隊の経済的な不正にさえ、言及した。
「国内の自由度を拡大し、西側への開放政策を推進する」という大統領の姿勢は最高指導者ハメネイ師の反発も呼んだ。ハメネイ師は6月、政治家らの集会の席で、ロウハニ大統領に対し、イラン最初の大統領バニサドルと同じ運命をたどることにならないよう警告した。
バニサドルは革命直後の大統領だったが、保守派聖職者らと対立して弾劾され、女装して空路脱出し、フランスに亡命した。ハメネイ師はこれまで、ロウハニ師に時折歯止めを掛けながらも、イラン核合意などを支持してきたが、亡命した大統領を引き合いに出しての叱責は初めてだ。
米研究者の有罪判決のタイミング
保守強硬派がロウハニ大統領に仕掛けたもう一つの攻撃は米研究者に対する有罪判決である。この米国人はプリンストン大卒業のペルシャ王朝の研究者シーユエ・ワン氏。昨年8月にスパイ容疑で拘束されていたが、7月中旬になって禁固10年の有罪判決を受けた。
問題は同氏が有罪判決を受けたタイミングだ。1年近くも拘束されていた同氏の判決が今になって下されるのは唐突感を免れない。来月正式に2期目を始動させるロウハニ大統領の米欧との関係改善の動きを米研究者に重い判決を下すことによってけん制するのが狙い、との見方が強い。
つまりは大統領の実弟の逮捕と、米研究者の有罪判決はロウハニ大統領と保守強硬派との権力闘争が激化していることを明るみに出したもので、革命防衛隊や司法当局の逆襲が始まったと見ていいのでないか。重要なのは、大統領の言動を結果的に容認してきたハメネイ師が“ロウハニ離れ”を明確にし始めたことだ。
イラン核合意を非難してきたトランプ大統領はイランが合意を順守していることを渋々認める一方で、イランの弾道ミサイル発射実験に対してこのほど、新たな制裁措置を科し、イランへの圧力を強化。だましだましイランの自由化を進めてきたロウハニ大統領にとっては、こうした米国の動きは自らの立場を弱め、保守強硬派を勢いづかせるものに他ならない。