2024年4月25日(木)

『いわきより愛を込めて』

2017年10月23日

放射能を恐れるのではなく、対処法を学ぶ

 原発事故についてはどうだろうか。

 「最初はお先真っ暗だと思ったけど、いまはへこんでないよ。農業も事務所がいる時代だから、事務所作ろうと思ってるんだ。ただ、山の中は除染してないから、肥料にするための木の葉掻きができなくなったのは残念だよね」

 妻の登志子さんが言った。

 「(□行さんは)放射能に関係なく作付けしてたね。キュウリもナスもシシトウも、事故前と同じにやって友だちにタダで配ってましたね」

 猪狩さんは、原発事故以降、福島の人々は放射能を単に恐れるのではなく、現実的な対処方法を学んできたのだという。福島の人は、どの地域の線量が高いか、あるいはどのような地形に放射線がたまりやすいかを学んできた。だから、どの地域の作物は危険で、どの地域の作物は安全かをよく知っている。

 一方、私のように首都圏で暮らす人間は、福島県をひと固まりで捉えて「福島県産は危険だ」と切り捨ててしまう。

 風評被害の根っこは、広大な福島県をひとまとめにして「福島産」として語ることにあるのかもしれない。それは「中国人だから」「韓国人だから」という物言いとよく似ている。

 ただ、それを理解したからといって、風評被害は簡単にはなくならないだろうし、今後、福島第1原発の廃炉作業が順調に進むかどうかも分からない。

 猪狩さんが言う。

 「たぶん歴史的な時間が必要なのだと思います。何世代か後の人たちがここに新しいものを築くために、私たちは踏み石になるしかない。もしかすると、戦時中の人たちの気持ちも同じだったかもしれませんね」

 これはやはり、故郷を持つ人の言葉なのではないかと私は思った。そして、まっとうな愛国心は、故郷を愛することの延長上にあるのかもしれないとも思った。まっとうな愛国心を持って原発を、原発の再稼働を評価したら、いったいどのような結論が出るのだろうか。

 猪狩さんさんが言った。

「実は私も、いつかいわきでカフェをやりたいと思っているんです」

 いわきを訪れる楽しみが、ひとつ増えた。

*「□行さん」の□は、「土」の下に「口」で「よしゆきさん」

  
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