2022年7月3日(日)

サイバー空間の権力論

2017年10月31日

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塚越健司 (つかごし・けんじ)

拓殖大学非常勤講師

1984年生。専攻は情報社会学、社会哲学。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)、共編著に『「統治」を創造する』(春秋社)、など。TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』火曜ニュースクリップ担当としてレギュラー出演中(http://www.tbsradio.jp/dc/)。

(2)人格=人間性を感じるスピーカー

 次に、筆者はコミュニケーションの媒介となり、スマートスピーカー普及の最も重要な鍵となるのは「人格=人間性」にあると考える。なぜか。

 スマートスピーカーを購入したり、アメリカなどすでにスピーカーの販売から時間が経ている地域に住む人々の話では、子供がスピーカーに名前をつけているという(実際筆者も幼児のいる友人から同様の話をきいた)。スピーカーにはじゃんけんを一緒に行う機能があり、子供は夢中になってスピーカーとじゃんけんをする。先に論じたように音声は人の記憶に残りやすいばかりか、声は人工とわかっていても人格=人間性を感じる要素がある(Appleの音声アシスタントSiriなどに質問を繰り返すことで人格を感じているユーザーは実際多い)。

 これはアンドロイド研究等にみられることであるが、声や簡単な形など、「人間っぽい」要素があるだけで、人はそこに人格を感じる性質がある。スマホに名前をつける子供は珍しいが、スピーカーに名前をつける子供が(現状では筆者がきいた限りであり確かなデータではないにせよ)一定数いるとすれば、それは言葉を通したコミュニケーションに、子供が人格を感じているからであろう。

 現状のスピーカーの会話機能はまだまだ乏しい。しかし音声データが増えれば増えるほどビッグデータ分析が進み、会話はなめらかに、そしてより会話能力が向上する。現在でさえシャッフル機能で音楽を聴く際に、偶然コンピュータが自分の心境に合った曲を選曲するだけで、我々はなにかコンピュータに親近感を覚える。近い将来、ウェアラブルウォッチと連動して自分の気分が憂鬱なことがスピーカーに伝わり、その時スピーカーが気分に合った曲を流してくれるとすればどうだろうか。こうした現象が拡張されることで、大人でもスピーカーに人格を感じたり、リビングでスピーカーをペット同様、家族のように扱う人々が現れてもおかしくない。スピーカーは家族全員と会話し、ペット以上に各々の性格を膨大なデータから理解し適切な反応を行ってくれるのだから。

 もちろん上記のような対応は現在の性能では困難であろうが、こうした技術の起点にスマートスピーカーの存在があるように思われる。そしてそのような未来が到来するためには、スマートスピーカーが広範に普及し、会話機能などが向上し、なにより我々がスピーカーに人格=人間性を感じるかどうかが鍵になるように思われる。

多くの人が「音声検索は恥ずかしい」

 ここまでスマートスピーカーの潜在的な力について論じてきた。しかし、当然ながら懸念点も多い。例えば最近の調査では、日本人の7割が人前で行う音声検索は恥ずかしいと感じている。これは公共空間だけでなく、在宅時でも家族がいなければ音声操作をしたいという人が40.3%、家族がいても音声操作したいという人は25.2%と、音声操作に消極的な姿が浮き彫りとなっている。特に公共の場でスマホに向かって話すのは、筆者の実感としてもまだ羞恥心を感じるという心理はよくわかる。その一方、本稿が論じてきたような音声を介したコミュニケーションが展開していくことで、そうした傾向が変化することも十分想像の余地がある。

 また本稿では多く指摘しなかったが、スマートスピーカー等のIoT製品のセキュリティ問題も指摘できる。音声操作情報などが流出すると、大きな個人情報の流出となってしまうことの懸念もある。その上、スピーカーがコミュニケーションに介入し必要ない商品を売りつけたり、政治的な情報操作を会話の中で行う、などといったネガティブな懸念も存在する。いずれにせよ、こうした点を払拭できるかは、今後数年のうちにみえてくるだろう。

 音声はビジネスとしても、コミュニケーションとしても発展の余地がある。それ故に、今後数年でどの程度機能が向上し一般に普及するか、注目したい。
 

  
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