が、全くうまくいかなかった。田中がやる気を出せば出すほど、みんなが引いていく。自分の意見をどんどん言えと求めても反応なし。ついにある時、女性メンバーから「キャプテンは人のやる気をなくさせる天才ですね」と言われた。
「何で? って落ち込みました。士気は下がるしチームは険悪になるし。人間としてダメと否定されたようで、自分は所詮ここまでの人間かと敗北感でいっぱいになりました」
自分を否定すると、自分の価値観までが否定されて軸がなくなり、何を正しいと判断していいのかわからなくなった。お手上げ状態で、メンバーに何も言えなくなってしまった。そもそも欧米人のチームと比べると体力にハンディがあり、それをチームワークで補う必要がある。乗り越えられなければ、レースばかりか人生を完走できない。ビジネス書でリーダー論を読んだり、アドラー心理学の勉強をしたり、懸命に道を探した。そしてリーダーの理想像を、引っ張る形から支える存在へと変更。
「協調性に欠けるってことは、他の人の感情に配慮できない。自己主張が強いから、こうするべきと正論だけバンバン言っちゃう。意見を求めても、言えば論破する。僕の方が正しいよねって、力ずくで協調させちゃう。メンバーの主体性をそいでたんですよね。指示されたことを受け身でやるほど辛いことはないですから。未だに道半ばですけど、それも自分を鍛える道だと思っています」
来年11月には、難関中の難関パタゴニアでのレースに挑戦する。田中にとって6回目の挑戦に、次代を託す最も信頼している相棒の田中陽希(ようき)は、日本三百名山一気登頂に挑戦中で出場できない。厳しいレースに臨む田中は、51歳になる。
鍛え抜かれた身体から年齢は感じられないが、若い時よりも体力を維持するための日常的なトレーニングが欠かせないという。同時にアウトドア競技の裾野を広げる活動や、トレイルランニングの全国組織を作るためにも奔走する。アドベンチャーレースに挑戦できるメンバーの育成も求められる。
「より一層のトレーニングが必要なのに、その時間がないのが悩みです」
体力維持のため、寸暇を惜しんでトレーニングに励む。悩みと言いつつ、田中の表情は明るい。次々と降りかかる難題を全力で解決していくことは、田中にとってはきっとレースと同じように胸躍ることなのだろう。
岡本隆史=写真
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