オトナの教養 週末の一冊

2017年12月8日

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本多カツヒロ (ほんだ・かつひろ)

ライター

1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

――天皇制賛成・反対とは関係なく、西暦で考えると継続している時代が、元号により断絶されているようにも見えますね。

鈴木:元号を制度として継続することに反対する人たちは、1人の天皇の在位期間によって時代を無理やり区切るのはおかしいと主張します。ただ、こうした主張は、裏を返せば、それだけ元号が広く共有されている証拠とも考えられます。たとえ、元号が制度として定められていたとしても、既に空洞化しているとすれば、わざわざ反対する意味はありません。

 また、西暦の方が便利だから、という主張については、1300年以上続いてきた元号という制度を、いま廃止する方が難しいと思われます。なぜ、わざわざ、いまでなければならないのでしょうか。そして、文字通り西洋の暦(こよみ)である西暦、しかも、キリスト教というひとつの宗教に基づく暦を、日本が用いなければならないのでしょうか。

――昨年8月に天皇陛下が生前退位の意向をにじませたお気持ちを表明し、今年12月1日に皇室会議が開催され、平成が2019年4月30日に終わることが決まりました。平成とはどんな時代だったと考えますか?

鈴木:前著『「平成」論』(青弓社)で論じたように、とらえどころのない時代だというのが、私の一貫した見解です。それは、昨夏からの一連の経緯を経ても変わりません。

 ただ、それでも敢えて時代をまとめて考えてみると、強いて言えば、「天皇と天災」の時代だったと表現できるかもしれません。

 まず、平成3年の長崎県における雲仙・普賢岳の噴火がありました。そして、天皇皇后両陛下のお見舞いが注目を集めました。また、平成7年の阪神淡路大震災、平成16年の新潟中越地震、平成23年の東日本大震災などでも、両陛下は被災者ひとりひとりと向き合ってお見舞いされました。

 とはいえ、他の時代と比較すると、平成は非常にわかりづらい、中途半端な時代であったという印象です。

――平成の次の元号についての取材を受けるとのことですが、どう予想していますか?

鈴木:「喜永」(きえい)とこれまでの取材では予想しました。まず「喜」ですが、これまでにも使われたことはありますが、この文字が元号の一文字目になったことはありません。次に「永」はこれまで29回使われています。

 また、イニシャルとしても、明治のM、大正のT、昭和のS、のいずれとも重ならないKです。

 しかし、この元号は万が一候補になったとしても、使用されることはないでしょう。世間で予想されたものは、その時点で外されますから、候補にすら入りません(笑)。

■修正履歴
平成が終わるのは「2018年4月30日」ではなく「2019年4月30日」でした。訂正してお詫びいたします。該当箇所は修正済みです。(2017/12/09)

  
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