シリアを舞台にした21世紀のグレートゲームが一段と複雑化する様相を見せてきた。過激派組織「イスラム国」(IS)の壊滅、内戦の縮小により紛争が鎮静化すると思いきや、地域大国であるイスラエル、トルコ、イランの動きが活発化、ロシアが目論んでいた“パックス・ロシアーナ”に赤信号が灯り始めた。
影の主役が表舞台に
混迷するシリア情勢を理解するため、まずは同国をめぐる勢力図を見てみよう。最大の支配地を擁するのがロシアとイランの軍事支援を受けたアサド政権だ。一時は政権の崩壊寸前までいったが、現在は東部ユーフラテス川西岸から地中海までの、ほぼ国土の60%の支配を固めた。
次いで大きな面積を制圧しているのが米軍の支援を受けたクルド人勢力だ。クルド人の主導の「シリア民主軍」(SDF)が同川東岸から東部、北部のイラク、トルコ国境までを支配、西部の飛び地を加えると、国土の約30%を押さえているようだ。米軍は特殊部隊を中心に2000人が今後も同地域に駐留する計画だ。
残りの国土については、北西部イドリブ県、ダマスカス近郊の一部などを反体制派が辛うじて保持。同県を根城にする国際テロ組織アルカイダ系の「シャーム解放委員会」がロシア、シリア両軍の猛爆を耐え、依然2000人~3000人の戦闘員を維持しているもよう。
組織が壊滅状態のISは東部のイラク国境沿いの小地域にまだ勢力を維持しているが、一部は米軍とクルド人の追撃から逃れ、シリア軍の前線をすり抜けて南、西部へ逃走した。その数は家族も含めて数千人といわれる。欧州からISに合流していた約1500人はトルコ経由で母国に帰還したとされる。
北大西洋条約機構(NATO)の一員であるシリア隣国のトルコは国内の反体制派クルド人組織との戦いを続けてきたが、シリアのクルド人の勢力拡大も脅威と捉え、2016年にシリア北中部に、今年1月には北西部のアフリンに侵攻。配下のシリア反体制派にクルド人と戦わせている。シリア領内の国境沿いにトルコの安全保障地帯を設置するというのが狙いだ。
こうした中で、トルコ軍の武装ヘリが2月10日、アフリン地域でクルド人の地対空ミサイルで撃墜される事件が発生。同じ日、シリア中部から発進したイランの無人機がイスラエルの領空を侵犯して撃墜され、イスラエル軍がこの領空侵犯に対してシリア領内のシリア、イランの軍事拠点を空爆した。
しかし、事態はこれで終わらなかった。空爆に参加していたイスラエル軍機のうちF16戦闘機1機がシリア軍の地対空ミサイルにより撃墜されたからだ。イスラエルはこれまで、シリア領内でシリア軍やイラン配下の武装組織ヒズボラなどを再三空爆してきたが、攻撃を公式に認めることは決してなかった。しかし今回は空爆を初めて認めた。シリアの紛争をめぐる影の主役が表舞台に名乗りを上げたと言えるだろう。
崩れた“無敵神話”
ベイルート筋によると、イランが無人機を領空侵犯させたのは、攻撃するためではなく、イスラエルの即応力を試すためだった、という。イスラエル情報相は「イランの行動はすべて把握している。無人機を撃墜したことでそのことを証明した」と述べ、火遊びをやめるよう強く警告した。
確かにイスラエルは今回の無人機撃墜で「レッドライン(超えてはならない一線)」(ベイルート筋)を明確に示したことになるが、事はそう簡単ではない。イスラエル軍機が撃墜されたのは1982年のレバノン戦争以来のことで、ロシア軍がシリアに介入するまではこの地域の絶対的な制空権を握り、無敵を誇っていたからだ。
だが、最新の機器を搭載したF16がシリア軍の旧式の地対空ミサイルの餌食になってしまった。イスラエル空軍が原因調査を行っているが、シリア軍がこの成果に勇気付けられて今後、イスラエル軍機の撃墜にさらに懸命になるだろう。シリアにはイラン革命防衛隊のエリート部隊コッズや、ヒズボラ、イラク・アフガニスタンからのシーア派民兵軍団が駐留しており、こうした武装勢力がイスラエルと直接やり合う懸念も出てきた。