この熱き人々

2018年3月21日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 ニューヨークでの上映を偶然観たカンヌ国際映画祭の関係者が、監督週間の出品作品に推薦してくれることになった。一般映画1作目にしてカンヌ国際映画祭である。

 ピンク作品では無縁だった初カンヌの印象は、ひたすら怖かったという。記者会見で、日本では考えられない厳しい質問が飛ぶ。

 「イジメじゃないかと感じるような質問に、つくづく自分の言葉を持っていないとダメだなって思いました。それに映画の途中でブーイングしたり、帰っちゃったりするでしょ。怖いよね。スパイク・リー監督と知り合いになったんだけど、自分の作品が上映される会場の階段の下でじっと下を向いていて、怖くて入れないって言ってましたよ」

 もう開き直るしかないと2階席で自分の作品を観ていたら、上映後、スタンディングオベーションが起き、突如自分にまぶしいライトが当たった。

 「もうびっくりしちゃって。後ろにいた大島渚監督が『滝田君、立ちなさいっ』って言うから『ハイッ』と立ち、『手を振りなさい!』『ハイッ』。二人羽織みたいでした(笑)」

 「コミック雑誌なんかいらない!」は、海外で評価されたことで日本でも上映がかない、数々の日本の映画賞を受賞している。世界に後押しされて一般映画に乗り込んだ滝田は、その後、「木村家の人びと」、「病院へ行こう」、「僕らはみんな生きている」、「お受験」、「陰陽師」、「壬生義士伝」、「バッテリー」など、常に時代の波頭を捉え新しいうねりを起こす話題作、ヒット作品を次々と生み出し続けてきた。そして、合計103冠に輝き世界中の映画賞を総なめにした作品「おくりびと」を完成させたのは2008年。

 主演の本木(もとき)雅弘が12年もの間温めてきた、納棺師が主人公の映画の企画は、プロデューサーの1本の電話で滝田へとつながった。日本ではこれまで、真正面から死そのものと向き合う映画はなかった。納棺はまさに生と死の狭間の儀式である。

 「まるで結界上にいるように、共に過ごした時間の思い出や感謝から逝く者に対する残された者の覚悟へと、周囲の人の感情が変わっていく。何の気負いもなく撮り終えることができた作品です」

 だが、死を忌むべきものとする日本映画界の壁は高く、静かな熱気が凝縮したようなこの名作は完成後も1年ほど公開が決まらず、海外の映画祭に活路を求めた。その一つモントリオール世界映画祭でのグランプリ受賞の報がもたらされたのは、すでに次回作「釣りキチ三平」の撮影に入っていた頃。

 「秋田の山奥の湖でロケしていた時に聞いてね。うれしくて、冷たい湖の水で涙を洗い流しましたよ」

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