3月11日、中国の全国人民代表大会(以下、全人代)で国家主席の任期を撤廃することが採択され、習近平の個人独裁体制への布石か、と報道された。また、近年の経済発展や海洋進出などから中国は覇権国家を目指しているのではないかという指摘も見られる。中国は一体どこへ向かおうとしているのか。その問いに対して、人民解放軍という切り口から説明をおこなっているのが『中国はなぜ軍拡を続けるのか』(新潮選書)だ。今回、著者で東北大学教授の阿南友亮氏に人民解放軍と中国共産党の関係、そして習近平の目指す所を中心に話を聞いた。
――人民解放軍は、そもそもどんな組織なのでしょうか?
阿南:一言で言えば中国における政権の「背骨」だと考えています。欧米流の民主主義諸国の軍隊は、選挙によって政権を担う政党が入れ替わっても、その政権に忠誠を誓い、政治的に中立な立場を維持します。一方、周知のとおり、中国では民主的な国政選挙が行われておらず、中国共産党による一党支配がずっと続いております。それを可能にしている主要因の一つが、中国共産党直属の軍隊である人民解放軍です。
その規模は約230万人。これに国内の治安維持を専門とする準軍事組織の人民武装警察の約66万人を合わせた約300万人の武装人員が共産党を常時守護しております。これだけの武装人員を抱えているからこそ、共産党は、これまで選挙をやらずに独裁を続けることができたといえます。
そもそも現在の中華人民共和国は、解放軍が共産党のライバルである国民党の軍隊を台湾に撃退して1949年に樹立した国家です。つまり、解放軍が作った国なのです。新しい国を作る際には、当然新しい行政機関を整備する必要がありますが、各地の地方政府は、地方に駐屯していた解放軍によって設立され、多くの退役軍人がそこに配置されました。中央政府においても解放軍の幹部が要職に抜擢されました。こうした経緯から中国を統治するには解放軍を牛耳ることが不可欠な課題となり、必然的に共産党の中央軍事委員会(中央軍委)の主席となった人間が中国の最高指導者とみなされるようになったのです。
例えば、強大な権力を握った毛沢東は、中華人民共和国が成立する以前の1936年に中央軍委の主席に就任し、76年に死去するまでその椅子に座り続け、事実上の個人独裁をおこなっておりました。その後、81年に鄧小平が中央軍委主席に就任し、今日まで続く「改革開放」政策を打ち出したのです。彼の場合、国家主席にも共産党の総書記にも就任せず、87年には党の中央委員会も引退して平党員になりますが、89年まで中央軍委主席として党と軍を牛耳っていました。