幕末の若きサムライが見た中国

2018年5月30日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

「運を天に任せてばかり」の清国人に憤る日本の若き侍

 清国において「賊匪」、つまり太平天国軍の行いが「最酸烈」な場所は何処かと問うと、すかさず南京である、と。太平天国が首都と定めた南京ゆえに最も峻烈を極めていたはず。清国にとっての「逆匪」である太平天国軍を滅ぼすことは出来るのかとの峯の問いに、相手は「此天数也(運を天に任せるばかり)」と応える。そこで峯は静かに憤った。

――清国人というヤツは、なんでもかんでも「天数(天の思召し)」を口にする。難事が起れば「天数」を持ち出し、その原因と結果、対処方法を考えることを放棄してしまう。苦境を挽回する意思はないのか。そういう消極的な考えこそが災禍が繰り返される所以である。古来、「唐土」では戦乱・混乱が繰り返されてきたが、その都度人命が失われることは勿論だが、「古器宝物ノ散逸」も甚だしい。太平天国などと名乗っているが、彼らは人々の苦境を救うべく立ち上がった正義の集団ではなく、強盗・盗人の寄せ集めに過ぎない。このままでは、「古ヨリ幸ニシテ遺リシ古器宝物」も一切が消えてなくなってしまうではないか。「惜シムヘキノ甚シキナリ」と――

 峯が南京の位置を訊ねると、ここから「僅三十里」。賊勢は頗る猖獗であり、上海も累卵の危機にあります。そこで「西夷」、つまり英仏勢力を頼りにしているわけですと説明され、またまた峯は静かに怒る。

――その昔、石敬瑭は夷狄の助力を得て自らを守ったことで、結局は「大患ヲ遺」した。清国は夷狄の力を借りるだけでなく、自分たちができないからと上海の防衛を「夷狄ニ託ス」。石敬瑭の故事が教えているように、それは「他日患ヲ遺スコト」だと峯は記す。「他日患ヲ遺スコト」とは、やはり自らの防衛を他に委ねた瞬間、独立自尊の道は消えてしまうということだろう。

「英仏露」を警戒すべき 

 目の前の上海の惨状から、峯は一転して国際情勢に思いを馳せる。

 「按スルニ五大洲中大国多シト雖トモ、大抵目前ノ富強ヲ争ヒ遠大ノ計策ナシ。甚シキハ只一日又一日ヲ送ルノミニテ絶テ進取ノ慮リナキ者アリ。俄露斯ノ如キハ目前ノ利ヲ争ハス、惟望遠是務ム。是各国ノ畏ルゝ所以ナリ」と。どの「大国」も目先の利益に汲々とし「遠大ノ計策」を持たない。だが、畏るべきは深謀遠慮のロシアだ。ロシアに備えよ、である。

 西洋人は上海と広州に最も多いことを知ると、現下の清国はまるで他国のためにあるようなもの。自存自衛の決意を固めず、ましてや自国防衛の責を他国に委ねてしまった清国に未来はない。他国が蚕食した残り滓を舐めるしか生きる道はないとは亡国の極みだと、峯は断じた。

 続いて西欧列強に話を進め、英仏両国は「専ラ戦争ヲ好ミ」、他国から庇護を求められると「敢テ是ヲ」拒否しない。太平天国軍に悩む清国に対しても「毎日数艘ノ舟ヲ出シ」て上海防衛のために防備を固めているが、専らソロバン勘定で上海防衛に当たっているだけだ。ロシアは徹頭徹尾に国土拡張方針を貫いて譲らない。だから周辺国と領土紛争を起こし、「寸土モ広メント欲ス」るのである。以上の3カ国は通商貿易だけを求めているわけではない。そこへゆくとオランダとアメリカは安心だ、というのだ。

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