カバノーは消費者金融保護局の権限縮小、環境規制縮小を唱えるなど、トランプ政権が進める規制緩和に賛同する立場である。大統領権限の強化を支持したり、現職大統領は犯罪捜査の対象から外すべきだという趣旨の論文を発表したりしたこともある。自らの権限拡大を試み、ロシアゲート疑惑での訴追を免れたいと考えているトランプにとっては最適の人物なのかもしれない。
だが、同性愛者の権利拡充や人工妊娠中絶などには批判的であるため、リベラル派から強い拒絶反応が示されている。同性愛者の権利については、先ほど記したように、2015年に同性婚を認めるオバーゲフェル判決が出されているが、先月の原稿で記した例からも推測できるように、表現の自由や信仰の自由を根拠として同性愛者の権利を制約する術がないか、保守派が模索している。
人工妊娠中絶については、1973年のロウ対ウェイド判決で、妊娠を継続するか否かに関する決定は女性のプライバシー権に含まれるとしてその権利性が認められている(正確には、女性の妊娠期間を三つの時期に区分し、最後三分の一の時期には州政府は中絶を禁止することができる)。これに反発する保守派は、中絶手術を行う前に待機期間を設けて様々な立場の人の意見を聞く機会を持たなければならないという法律を州レベルで定めるなど、中絶の実施を困難にしようとしている。2016年大統領選挙の際、トランプはロウ判決の撤回を目指すと公言していた。もしカバノーが連邦最高裁判事に任命されるならば、ロウ判決が覆されるだろうと保守派は色めき立っているし、リベラル派は危機感を募らせている。
承認過程で発生するであろう「ボーキング」とは?
以後、カバノーの承認をめぐって連邦議会上院で様々な議論が展開される。連邦裁判所判事の承認については、1987年以降、とりわけ政治争点化するようになった。同年、保守派のルイス・パウエル判事が引退を表明したが、民主党はそれを、翌年の大統領選挙で民主党が勝利した場合にリベラル派判事が選ばれるのを避けるための保守派の策だと考えた。ロナルド・レーガン大統領は保守色の強いロバート・ボークを指名したが、民主党が多数を制する上院で承認されなかった。次いでレーガンは同じく保守派のダグラス・ギンズバーグを指名したが、法科大学院性時代のマリファナ吸引スキャンダルが出たこともあり、こちらも承認されなかった。先日引退を表明したケネディは、民主党の中に容認可能と判断する人が登場することを期待して、三人目の候補としてレーガンが指名した人物である。
1987年の連邦裁判所判事任命過程は、今回の事例を考える上で多くの示唆を与える。連邦裁判所判事の承認過程が政治争点化することを、一人目の候補の名前をとって、ボーキングと呼ぶが、今回の承認過程でもボーキングが発生するのは間違いない。上院司法委員会でカバノーを召致して様々な争点についての見解を問うことになるが、民主党は様々な手法を駆使して、審議の先送りなどを模索するだろう。また、ケネディが今の段階で引退を表明したのは、今年11月に行われる連邦議会選挙(中間選挙)で共和党が不利な状況にあるためではないかとの疑念も示されている。