連邦の裁判所の判事は、大統領が指名し、連邦議会上院の司法委員会でその適性が検討され、最終的に連邦議会上院の過半数の承認を経て任命される。このプロセスは9名の判事からなる連邦最高裁判所だけでなく、第一審を判定する連邦地方裁判所、第二審を扱う巡回控訴裁判所の判事についても同じだが、連邦最高裁判事の任命はとりわけ多くの論争を巻き起こす。連邦の判事の任期は終身であり、自分から辞めるか死亡しない限りは、ずっと仕事を続けることが可能である。大統領の任期は、通例4年か8年であるから、大統領よりも連邦裁判所判事の方が長期的に影響を及ぼす可能性が高い。
実は、このことが、2016年大統領選挙でトランプが勝利した背景にある。争点を重視する人々の中には、どのような人物を最高裁判事に任命しそうかを根拠に大統領選挙の投票先を決める人がいる。トランプは、当選した場合に連邦最高裁判所判事に指名する人物のリストを提示していた。このリストは、フェデラリスト協会という保守派団体が準備したものであり、先ほど挙げたような、社会的争点について保守的な態度をとる人物が列挙されていた。昨年指名されたニール・ゴーサッチ、そして今回指名されたカバノーも、そのリストに含まれていた。その結果、共和党支持者にトランプに批判的な人が多かったにもかかわらず、それらの判事を指名させるために、トランプに投票する事態が発生した。この点を考えると、トランプ現象を単純にポピュリズムと呼ぶのが適切でないことがわかるだろう。
裁判所は文化戦争の主戦場
政治家が作る法律は、意味が不明確な場合や、同じ法律であっても州により解釈の異なる場合がある。もし日本でそのようなことが起こりそうになると、役人がその解釈を統一するだろう。だが、アメリカの場合は、その役割は裁判所に期待されている。
その他にも、アメリカでは、少数派の利益関心を実現する観点から裁判所が大きな役割を果たすべきという考え方がある。議会では多数決原理に基づいて決定がされるため、少数派の利益関心は実現されにくい。そこで、彼らは自分たちにとって死活的な問題について裁判所に訴える。裁判所がその趣旨の判決を下すと、彼らが主張していた要求は、立法を経ずとも正当な権利として位置づけられることになる。これは、アメリカのように社会的多様性が高く、恒常的な少数派が登場する可能性がある国では重要な意味を持つ。
さらに、先ほど指摘したように、アメリカでは政治的見解の分かれる争点について、連邦議会で決着をつけることができないので、裁判所で判断してもらおうという考えが強い。人工妊娠中絶や同性婚の是非、銃規制など、人々のライフスタイルやモラルと関わりの深い社会問題が、政治的にも大争点になる。1980年代以降、時に文化戦争と呼ばれるほどまでに、リベラル派と保守派の間で、社会的争点をめぐる対立が顕著になっているが、裁判所は文化戦争の主戦場と位置づけられている。
このような事情があるため、カバノーの指名承認が大問題となるのである。
引退するケネディは「保守寄り中道派」
連邦最高裁判所判事は、1869年以来、9名で構成されている。現在の構成は、保守派4名、リベラル派4名、保守寄り中道派1名となっており、今回引退を表明したケネディは保守寄り中道派とされる人物である。先月のWedge Infinityの原稿(「『同性婚ケーキ作成拒否裁判、店主勝訴』の真相」http://wedge.ismedia.jp/articles/-/13135)でも記したとおり、ケネディは信仰や家族の価値を重視する点で保守的な傾向が強い。他方、2015年に同性婚を認めるオバーゲフェル判決の主文を執筆するなど、同性愛者の権利を擁護する立場を示したりする点で、リベラルから支持されることも多い(ただし、同性婚を認めたのは、結婚を望まず家族を形成する意思のない人が増える中で、同性愛カップルが、家族形成という保守が重視する価値を主張したからだという議論もある)。その結果、ケネディは連邦最高裁判所の判決でキャスティングボートを握ることが多かったのである。
それに対し、カバノーは連邦巡回控訴裁判所判事として保守的な立場を鮮明にしている。トランプがケネディの後任として指名する可能性が高いと考えられていた四名と、現在の連邦最高裁判所判事のイデオロギー的立場を左右軸上に位置付けた図を見れば(https://fivethirtyeight.com/features/how-4-potential-nominees-would-change-the-supreme-court/)、カバノーは1991年にジョージ・H・W・ブッシュによって任命されたクラレンス・トーマスに次ぎ保守色が強いことがわかるだろう。