イラクでは、5月の総選挙で、サドル師、ハディ・アル・アミリ元運輸相、アバディ首相の3人が率いる3つのシーア派の党が最大の得票を得た。選挙後サドル師とアバディ首相の連合とアミリのグループが対立し、政情は袋小路に陥っていた。ようやく9月10日にイラク・シーア派の最高権威シスターニ師が介入し、アブドゥル・マハディが首相に選ばれるに至った。大統領には10月2日にバルハム・サレーが選ばれた。マハディはシーア派、サレーはクルドである。
両人の選出は、2005年以来実施されている宗派別割り当ての制度によるものと思われる。これは、「ムハササ・タイファ」と称する仕組みで、イラク内のスンニ派、シーア派、クルドに政府への関与を割り当て、平和を維持しようとするものである。この制度の下、3つのグループのボスに、大統領、首相、議会議長と閣僚の大半を指名する権限が与えられている。イラク憲法では議会が議長と大統領を選出し、議会の最大勢力が首相を指名するとされているが、2005年以来、議会の議長はスンニ派、首相はシーア派、大統領はクルドに割り当てられることになった。
イラクにおいてスンニ派、シーア派、クルドの均衡と調和を図ることが、政治的安定に必要であるのは間違いない。いずれかのグループが疎外感を抱くようになると、イラク政治は不安定化する。サダム・フセインのときは、国民の多数を占めるシーア派を権力で押さえつけた。その反動もあってフセイン後のイラクでは、シーア派政権が権力を独占し、疎外感を抱いたスンニ派が政府に反抗し、ISの台頭を招いた。クルドは他の国同様、どの程度の自治を与えるかが問題で、クルドが自治を十分与えられていないと感じれば、独立運動を起こしかねない。
問題はいかにしてこの3グループの均衡と調和を図るかであるが、それを「ムハササ」のような宗派別割り当ての制度で行うのは問題である。それは憲法を迂回し、議会の役割を無視することになるのみならず、政治ボスが制度を運用することを意味し、透明性を欠くのみならず、政治腐敗の温床となる。これら政治ボスは既得権益を重視し、改革に反対なのは自然であろう。それはイラクの発展を阻害することになる。
これら政治ボスの影響力を削ぐためには、改革を望む国民を動員する必要がある。それには、誰が動員を先導するかが問題である。サレーとアブドゥル・マハディは改革を先導したがっているというが、サレーとアブドゥル・マハディはまさに政治ボス連中が牛耳る制度で選ばれた者であり、どこまで支持を受けたボス連中と対決できるか不透明である。本来は政治プロセスから一歩離れたイラク・シーア派の最高権威シスターニ師が国民を動員するのが望ましいが、シスターニ師がそこまでするか分からない。イラクの改革は、道遠しと言わなければならない。
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