現在、イラクは危機的状況にある。まず統治機構が機能していない。イラクでは5月12日の総選挙の結果、いずれの政党連合も少数派で(議会の定数329に対し、第一勢力のサドル師の政党連合は54)、連立政権にならざるを得ないが、連立協議は難航、いまだに次期政権の目途はたっていない。
地方でも統治はうまくいっておらず、イラク最大の油田をもち、イラクで最も豊かな州であるべきバスラですら、水、電気といった生活の基礎インフラが極端に不足している。
その上、中央政府の治安機構も機能していない。イラクの正規軍は2014年のISの攻勢で崩壊し、治安の維持は対立するシーア派のグループの武装民兵組織に任されている。
その中でシーア派は、反米、反イランのナショナリスト、サドル師、イランの影響下にあるバドル軍団の司令官だったアミリ元運輸相、そしてアバディ首相がそれぞれ率いるグループに分裂し対立している。
イラク政府は昨年末にIS掃討の完了を宣言したが、ISの台頭を招いたそもそもの状況は改善されていない。すなわち、国の統治の枠組みが欠如しており、水、電気といった国民の基本的ニーズが決定的に不足し、国は政治的、社会的に分断されている。
このような状況の下で、バスラなどで大規模なデモが発生しており、さらに拡大する恐れがある。イランの代理者は、9月6日にバグダッドの米大使館を、8日にバスラの米領事館を攻撃した。シーア派のナショナリスト、モクタダ・アル・サドル師は、自分の利益のため民兵を戦わせた。アバディ首相は暴力の拡大を防ぐため9月10日さらなる部隊をバスラに派遣した。イラクは破綻国家の様相を呈していると言っても過言ではない。
イラクは中東の大国である。破綻国家という場合、その意味はソマリアや南スーダンなどと次元が異なる。イラクの不安定は地域の不安定をもたらす。イラク情勢には地政学的観点から関心を持たざるを得ない。
イラク内戦の危機に対し、米国が支援すべしという考えがある。国際問題専門家のケーガン夫妻は、9月12日付けウォール・ストリート・ジャーナル紙掲載の論説‘The U.S. Can Defuse Iraq’s Crisis’で、「イラクはイランの支配を排除しようとしているように見えるので、米国は支援すべきである」と言っている。