2024年11月21日(木)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2018年9月4日

 ワシントン・ポスト紙コラムニストのイグネイシャスが、8月14日付け同紙に「中東への米国の不関与の意図せざる結果」と題する論説を書いて、米国の存在が弱まった中東情勢は今よりも悪くなる恐れがあり、すでにその兆候が出ている、と警告している。論説の主要点は、次の通り。

(bonezboyz /pialhovik/Meilun/iStock

・UAEのオタイバ駐米大使はアスペン安全保障フォーラムで「目を開け。新しい中東はもうすでにある」、「米国の高官が『米国には中東でより大きな役割を果たすことを支持するグループがいない』と言ったのを聞き、我々は自分自身を頼りに物事を進める必要があると考えた」と述べた。「自分自身を頼りに物事を行う」とは、中東諸国にとり、まずロシアと中国とのより緊密な関係を意味する。
・私(イグネイシャス)は、米国の価値を共有する近代的な中東を望み、我々の影響力の喪失を残念に思っている。それ以上に、米国のヘゲモニーの傘がなくなると、きちんとした人々や考え方が害を受ける。最近の中東で米を無視して行われた悪い決定が二つある。
・一つ目は、サウジだ。サウジは、人権状況を批判したとして、カナダ大使を追放したサウジの皇太子はサウジの女性に車の運転を認めつつ、同時にサウジの女性活動家を弾圧した。偽善的で抑圧的に見える。ポスト米国の中東で彼が正しいことをすることは難しくなっている。特に、権威主義的指導のモデルはプーチンや習近平であるから、なおさらである。
・トランプさえ、サウジの皇太子との関係で苦労している。サウジはイランへの圧力として6月、石油増産を約束したが、7月にはその40%を逆に戻した。プーチンと石油価格を上げる取引をし、それがトランプとの約束より重視された。
・二つ目は、エルドアンのトルコである。彼は米国人牧師の釈放を拒否している。エルドアンは、妥協するよりもNATOをやめる準備があるように見える。米国との関係が悪くなれば、中露と取引できると思っている。

出典:David Ignatius,‘The unintended consequences of U.S. disengagement in the Middle East’(Washington Post, August 14, 2018)
https://www.washingtonpost.com/opinions/the-unintended-consequences-of-us-disengagement-in-the-middle-east/2018/08/14/702affd2-9ffe-11e8-93e3-24d1703d2a7a_story.html

 この論説は、米国の関与が中東で弱まっていることを遺憾であるとして書かれたものである。しかし、流れとしては、米国は中東の諸問題から手を引いていくことになる公算が大きく、オタイバ大使の見通しは大体あっていると思われる。

 米国のグローバルな役割への疲労感や被害妄想感情は米国社会にしみこんでおり、トランプ大統領は、そういう感情の上に誕生したものと思われる。ただ、トランプは嘘を平気でつくなど、米国社会での異端児でもある。こんな人は、米国にもあまりいるわけではない。

 トランプ時代を分析するに際して、トランプ個人の特異性の問題とトランプ大統領出現に至った米国社会の問題を分けて考える必要がある。アフガン、イラク戦争の経緯もあり、中東への関与縮小は米国社会の問題であるという面が大きいと考えられる。その上、シェールガス、石油が米国で出てきたため、石油利権の問題の重要性は減っているとの事情もある。

 それを考えると、中東情勢はユダヤ、ペルシャ、アラブ、トルコが各々の利益を重視し、勝手に動く時代が来るとみてよいのではないかと思われる。中東の秩序の維持者としての米国の役割が小さくなっていくに従い、いわば中東が群雄割拠の時代になるように感じられる。

 そして、他の地域もそういう様相を強めるだろう。現在の時代を「ポピュリズムの時代」というのは名前の付け方が間違っている。群雄割拠時代といったほうがよい。

 米国が日本に押し付けた憲法の前文には、「われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。」とあるが、アメリカ・ファーストもロシア・ファーストも中国・ファーストも、こういう考えとは外れたものである。トランプの米国は、こういう理念を離れ、秩序の構築者、維持者の役割を放棄しつつあると考えるべきだろう。

  
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